なるではないか。妾は死んでも引き返す事は出来ない。そしてもし妾が女王になるならば、ここで魚《うお》に喰われるような事はあるまい。もし女王になれないのならば、一層《いっそ》の事喰われて死んでしまった方がいい。何でも彼《か》でも運だめしだから、このまま行けるだけ行って見よう」
と勇気を奮《ふる》い起こしてなおも底深く沈み入りました。すると又あたりの様子が変って来て、何の影も見えなくなり、水は死んだ人の肌のように冷たく、静かに、動かなくなりましたから、その恐ろしさ、気味の悪さ。却《かえっ》て最前の怖い形をした魚《うお》が居た方が、余程淋しくなくていいと思った位でした。
けれどもその中《うち》にそこも通り越したと見えまして、はるかの底に、何か美しく光るものが見えて来ましたから、嗚呼《ああ》嬉しい、あれこそ鏡の置いて在る処に違いないと、なおも水を掻《か》き分けて潜って行きますと、やがてそこら中が眼の醒《さ》める程美しく、明るくなって来ました。見ると湖の底の深い、透《す》き通った緑色の水の中に、滑《なめ》らかな光沢《つや》を持った藻が、様々の色の花を着けて茂り合っていて、その間を眩《まぶ》しい
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