野《あれの》のその只中に
見るもの聞くもの何にも無くて
たった一人の淋しさつらさ
堪《こら》え切れずに天地を恨み
吾が身を怨んで死んでしまった」
残る怨みのその一念が
眼玉に移って女に化けて
口に残って坊主になって
鼻に移って赤児に化けて
耳に残って爺《じじい》になって
今はこの世で藍丸王に
昔の主人の淋しさつらさ
思い知らせる時が来た」
花が咲いても紅葉《もみじ》をしても
風が吹いても時雨《しぐれ》が来ても
見えもしなけれあ聞こえもしまい。
飢《う》えも渇きもせぬその代り
どんな御馳走《ごちそう》貰ったとても
味もわからず香気《におい》も為《し》まい」
鞭に打《ぶ》たれて血が浸《し》み出ても
痛くもなければ悲しくもない。
音も香《か》も無い不思議な身体《からだ》。
この世に居ながらこの世を知らぬ。
夜か昼かは愚かな事よ
我が身の在り家も我が身に知らぬ
世にも淋しい憐《あわ》れな生命《いのち》」
世界の初めの石神様が
闇へと生れて闇へと帰る
たった一人の淋しい心
思い知ったか。思い知れ」
と口々に唄って踊っていたが、やがて赤ん
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