見なくともよい。それよりも早くあの馬と、その騎《の》り人《て》を見せてくれ。あれ、もう三度まわった。疾い疾い。何者だ。何者だ」
 と呼吸《いき》は機《はず》ませて尋ねました。この言葉の終らぬうちに、早くも赤鸚鵡の眼から電光のように光りがさして、鏡の表面《おもて》が颯《さっ》と緑色に曇って来ました。そうして又ギラリと晴れ渡ったと思うと、一人の騎馬の少年の姿が現われました。それは最前王宮を出て行った紅矢でした。
 紅矢は今まで親よりも敬って、兄弟よりも親しく思っていた藍丸王が、まるで鬼よりも無慈悲な心になり、虎よりも荒々しい声に変って、その上に今は又、自分の妹の事を露程も思って下さらない事がわかりますと、あまりの事に驚き悲しんで狂気《きちがい》のようになって王宮を駈け出ると直ぐ、そこに繋いでおいたこの国第一の名馬「瞬《またたき》」というのに飛び乗って、手綱《たづな》を執《と》るが早いか馬の横腹を拍車で千切れる程蹴り付けました。すると今まで只の一度も鞭の影さえ見せられた事のない「瞬」は、思いがけない主人の乱暴な乗り方に驚いて、これも夢中になってしまいまして、ヒーンと一声|棹立《さおだ》ちにな
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