る事と思います」
皆の者は、聞けば聞く程不思議な話に、驚いた上にも驚いて、開《あ》いた口が塞《ふさ》がりませんでした。
両親もとうとう思案に余って、とにかくそれでは娘にこの書物を読まして一通り聞いた上で、本当《ほんと》か嘘《うそ》か考えてみようという事に定《き》めました。
両親の許しを受けて娘が書物を読み初めると、室《へや》中の者は、皆《みんな》水を打ったように森《しん》となりました。只その中で白髪小僧ばかりは何の事やら訳がわからずに大きな眼をパチパチさせながら、娘の美しい声に聞き惚《と》れていましたが、間もなく聞き疲れてしまって、又うとうとと居睡《いねむ》りを初めました。
お嬢様はそれには構わずに、書物を繰り拡げて高らかに読み初めました。その話しはこうでした。
二 黒い表紙の書物
この書物に書いてある事は、世界一の利口者と世界一の馬鹿者との身の上に起った、世界一の不思議な面白いお話しである。
この話しを読む人は誰もこの中に書いてある事を本当《ほんと》に為《し》ないであろう。皆そんな馬鹿気た不思議な事がこの世の中に在るものかと思うであろう。唯世界一の利口な人と世界一の馬鹿な人だけは、これを本当《ほんと》にして読むのである。今のところそんな人はこの世の中《うち》に唯二人しかいない。その一人はニコニコ王様の長生《ながいき》の乞食の白髪小僧で、今一人はこの国の総理大臣の美留楼《みるろう》公爵の末娘|美留女姫《みるめひめ》である。そうしてこの書物の持ち主は、この書物に書いてある事を、初めからおしまいまで本当《ほんと》にして読む人――つまりこの白髪小僧と美留女姫二人より他には無いのである。
この書物にはその持ち主が、自分や他人の身の上について知りたいと思う事、又は他《た》の人に知らせたい、話して聞かせたいと思う事が、自由自在に挿《さ》し絵《え》や文字となって現われて来る。今美留女姫は自分がこの書物を手に入れた仔細《わけ》を、両親《ふたおや》やその他の人々に読んで聞かせたいと思っているから、このお話しは先《ま》ず美留女姫の身の上の事から始まらなければならない。
今この書物を声高らかに読んでいる美留女姫は前にもある通り、この国第一の金持ちで、この国第一の貴《たっと》い役目と身分とを持っている公爵美留楼という人の末娘で、今年十四になったばかりであるが、生れ付きお話が大好きで、毎日一ツ宛《ずつ》新しいお話を聞かねばその晩眠る事が出来ないのが癖《くせ》であった。姫の両親《ふたおや》はそのために、毎日毎日新しいお話の書物を一冊|宛《ずつ》買ってやったが、今は最早《もはや》その書物が五ツの倉庫《くら》に一パイになってしまった。この上にはどこの書物屋を探しても、今までと違った新しいお話の書物は、一冊も無いようになってしまった。
ところがここに一ツ困った事には、この美留女姫は大層|物憶《ものおぼ》えがよくて、どんなに古く聞いた話でも少しも間違わずにはっきりと記憶《おぼ》えていて、初めの二言三言聞けばすぐにあとの話を皆思い出してしまうから、古い書物を二度読んで聞かせる訳には行かなかった。それかといって、この上に新しいお話は世界中に只の一ツも無いのだから、姫は毎日毎晩新らしいお話が聞きたくて聞きたくて夜もおちおち眠る事が出来なかった。
けれども姫は両親《ふたおや》にこの事を話すと、却《かえっ》て心配をかけると思ったから、毎晩|故意《わざ》とよく眠ったふりをして我慢《がまん》しながら、どうかして新しい珍らしいお話を聞く工夫はないかと、そればかり考えていた。
ところが或る日の朝の事であった。姫は昨夜も夜通しまんじりとも為《し》なかったので、呆然《ぼんやり》しながら起き上って顔を洗い御飯を喰べて、何気なく縁側に出て庭の景色に見とれた。丁度秋の半ば頃で庭には秋の草花が露に濡れて、眼眩《めまぐる》しい程咲き乱れていたが、姫は又もやお話の事を思い出して、吁《ああ》、あの花が皆|善《い》い魔物か何かで、一ツ一ツに面白い話しを為《し》てくれればいいものを、彼《か》の林の中に囀《さえず》っている小鳥が天人か何かで、方々飛びまわって見て来た事を話して聞かせるといいいものをと独《ひと》りで詰《つま》らなく思っていると、不意に耳の傍で――
「美留女姫、美留女姫」
と奇妙な声で呼ばれたので、吃驚《びっくり》してふり向いた。見るとそれはつい昨日《きのう》の事、美留女姫の兄様の美留矢《みるや》が、明日《あす》王様に差し上げるからそれまで飼っておいてくれと云って、美留女姫に預けた一羽の赤い鸚鵡《おうむ》で、美留矢の家来が東の山から捕《と》って来たものであった。美留女姫はこれを見ると淋《さび》しい笑みを浮かめて――
「まあ、お前だったのかい、今呼んだのは
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