。まあ、何という利口な鳥でしょうねえ。最早《もう》妾の名前を覚えたの。大方お父様かお母様の真似でも為《し》ているのでしょう。本当にお前は感心だわねえ」
と云いながら、籠《かご》の傍に近寄った。けれども鸚鵡は籠の真中の撞木に止まりながら、矢張《やっぱ》り姫の名を呼び続けた――
「美留女姫、美留女姫、美留女姫」
これを聞くと姫は益々笑いながら――
「まあ、可笑《おか》しい鸚鵡だ事。わかったよ、わかったよ、妾はここに来ているではないの。そうして妾に何か用でもあるの」
と尋ねた。すると不思議なことには赤鸚鵡が忽《たちま》ち姫の前の金網へ飛び付いて、姫の顔を真赤《まっか》な眼で見つめながら――
「美留女姫、美留女姫、用がある。話がある、面白い話しがある」
と呼んだ。
美留女姫はこれを聞くと、真青になって驚いた。真逆《まさか》こんな鳥が、人間と同じように、しかも自分に話しかけようとは夢にも思わなかったのだから、怪しんだのも無理はない。余りの事に呆《あき》れて口も利けなくなって、茫然《ぼんやり》と鸚鵡を見つめていると、赤鸚鵡は構わずに叫び続けた――
「怪しむな、驚くな、美留女姫、美留女姫。
お前の願いは今|叶《かな》った。
新規の話しを聞きたいという。
お前の願いは今叶った。
行け行け、街に行け。
たった独《ひと》りで街に行け。
この広い街中で一番長く生きている。
白髪《しらが》頭の人に聞け。
不思議な姿の人に聞け。
その人の身の上話しを……
悧口な美留女姫。
賢い美留女姫。
疑うな、怪しむな、夢でない、本当だぞ。
疑うな、怪しむな、夢でない、本当だぞ」
美留女姫はこの時やっと吾《わ》れに帰って、夢から覚めたように思いながら、鸚鵡の言葉を一心に聞いていた。そうして心の中《うち》で、この不思議な鳥の言葉を、驚き怪しみながらも亦《また》、その云う事が決して偽《いつわ》りでも出鱈目《でたらめ》でも何でもなく、本当に珍らしい話しを聞くのに、一等都合の宜《よ》い巧《うま》い工夫を教えている事が解《わ》かって、心から感心した。成る程この街で、一番珍しい奇妙な風体《なり》をしている、一番|長生《ながいき》の白髪頭の老人を見付け出して、その人の身の上話しを聞かしてもらえば、屹度《きっと》面白い新規の話を聞く事が出来るに違いない。又|仮令《たとい》そんな人でなくとも、身の上話しならばどんな人を捕まえても、十人が十人違っている筈《はず》だから、同じ話を二度聞かされる心配はない。そうしてその御礼には、書物を一冊買うだけのお銭《あし》を遣れば、貧乏人等は喜んで話して聞かせるに違いないと、こう考え付くと美留女姫は、最早《もう》一秒時間も我慢が出来なくなった。眼の前の鸚鵡の事も忘れてしまって、直ぐに自分の室《へや》に帰って帽子を頭に載《の》せるが早いか、たった一人で家を出て只《と》ある人通りの多い橋の袂《たもと》へ駈けて来た。
そこに暫《しばら》くの間立って待っていると、間もなくよい都合に向うから、お誂《あつら》え通りの奇妙な風体《なり》をした白髪頭の人が遣って来たから、姫は天にも昇らんばかりに喜んで、いきなりその人の前に駈け寄って袖《そで》に縋《すが》りながら十円の金貨を出して、身の上話をしてくれと頼んだ。その人は頭に高い帽子を三段も重ねて耳の処まで冠《かむ》っていた。そして身には赤い襯衣《しゃつ》を着て、青い腰巻の下から出た毛だらけの素足に半長《はんなが》の古靴を穿《は》いていたが、赤い顔に白髪髯《しらがひげ》を茫々《ぼうぼう》と生《は》やして酒嗅《さけくさ》い呼吸《いき》を吐《は》きながら、とろんこ眼で姫の顔を呆れたように見つめていた。けれども姫から大略《あらまし》の仔細《わけ》を聞くと、大きな口を開いて笑い出した――
「アハ……。そうか。ではお前はここまでお話しを買いに来たのか。成る程、それは巧い思い付きだ。そうして第一番に俺を捕《つか》まえたのは感心だ。
世界中で俺位面白い愉快な身の上を持っているものは、他に唯の一人も無いのだからな。では今から話すからよく聞きなよ。俺は小さい時から酒が好きで、どうしても止められなかったんだ。親が死んでも構わずに酒を飲んだ。嬶《かかあ》や小供が死んでも矢張《やっぱ》り酒を飲んだ。家《うち》が火事になっても、打《う》っ棄《ちゃ》っておいて酒を飲んでいた。嬉《うれ》しいと云っちゃ飲んだ。悲しいと云っちゃ飲んだ。昨日《きのう》も飲んだ。今日もたった今まで飲んだところだ。明日《あした》も明後日《あさって》も……大方死ぬまで飲むんだろう。今からも亦《また》、お前のお金で飲んで来ようと思うんだ。これでお仕舞い……目出度《めでた》し目出度しかね。ハハハ。イヤ有り難う。左様なら」
と云ううちに姫の掌
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