振り子の附かない木の鈴が、地面の上に転がった。

 こうして我れと吾が身をば、咀《のろ》い尽《つく》した大男、
 息は忽《たちま》ち絶え果てて、石の野原に打ちたおれ、
 手足も頭もバラバラに、胴と離れて転がった。

 折しも四方に雲が湧き、雷が鳴り風が吹き、
 月日の光りも真暗に、砂や小石を吹き上げて、
 車軸を流す大雨を、泥や小砂利の滝にして、
 彼《か》の大男の亡骸《なきがら》も、埋もるばかりにふりかけた。

 その時海も野も山も、砕くるばかりに鳴り渡る、
 さも物凄い恐ろしい、真暗闇のただ中に、
 彼《か》の石男の眉間《みけん》から、赤い光りが輝やいて、
 額の骨が真二《まっぷた》ツに、パッと割れたと思ううち、
 真赤な鸚鵡が飛び出して、東の方へ飛んで行《っ》た。

 又石男の胸からは、青い光りが輝やいて、
 身に宝石の鱗《うろこ》着た、細い海蛇《かいだ》を巻き付けた、
 大きな鏡が現われて、南の方へ飛んで行《っ》た。

 やがて空には雲が晴れ、地には嵐が吹き止んで、
 泥の野原に泥の山、濁った海のその他は、
 何にも見えぬその涯《はて》に、真赤な真赤な太陽が、
 ぐるぐるぐると渦巻いて、眩《まぶ》しく沈みかけていた。

 その時地面のドン底の、彼《か》の石男の亡骸《なきがら》の、
 数限りない毛穴から、何億万とも数知れぬ、
 大きい小さい様々の、石の卵が湧き出して、
 暖かい日に照らされて、一ツ一ツにかえり出す。

 足から出たのは艸《くさ》や木に、胴から出たのは虫けらに、
 手から出たのは鳥獣《とりけもの》、水に沈めば魚《うお》くずに、
 又頭から湧いたのは、数限りない人間に、
 われて這い出て世の中に、今の通りに散らばって、
 一ツの国が出来上り、藍丸という名が付いた。

 扨《さて》その中に只一つ、臍《へそ》の中から湧き出した、
 小さい白い一粒は、気高い尊い御姿の、
 若いお方に抜けかわり、藍丸国の王様の、
 位に即《つ》いてそのままに、何千何万何億と、
 数限りない年月《としつき》を、無事に治めておわします。

 この藍丸の国のうち、津々浦々に到るまで、
 皆正直に働いて、この珍しい長生《ながいき》の、
 王に忠義を尽《つく》す故、王はおいでになりながら、
 広い国中何一つ、御気にかかった事もなく、
 いつも御殿の奥深く、銀の寝台《ねだい》に身を休め、
 現《うつつ》ともなく夢ぞとも、御存じのない魂は、
 他の世界へ抜け出でて、他の世界の人々に、
 王の心の気楽さを、示し歩いておわします」[#最後の5行は底本では字下げなし]

 ここまで読んで来ると生憎《あいに》く、先に立ったお爺さんは、この時|不図《ふと》袋が軽くなったのに気が付いて、変だと思いながらふり返って見ると、自分の背中の袋から落ちた銀杏の葉が、ずっと背後《うしろ》まで長く続いているのを見付けた。これは大変と吃驚《びっくり》して袋を調べて見ると、最前《さっき》美留女姫が鋏で切り破った穴が、袋の底に三角に開《あ》いている。お爺さんはこれを見ると憤《おこ》るまい事か――
「奴《おの》れ小娘、覚悟をしろ。こんな悪戯《わるさ》をして俺の大切な役目を破ったからには生かしておく事は出来ないぞ。どうするか見ておれ」
 と大きな声で怒鳴りながら、忽《たちま》ち鬼のような顔になって袋も何も打《う》っ棄《ちゃ》って、あと引かえして追っかけて来た。
 美留女姫は二度|吃驚《びっくり》。もう銀杏の葉の字を読むどころの沙汰《さた》ではない。慌てて逃げ出して、後《あと》から来た白髪小僧の袖に縋って――
「あれ、助けて頂戴。白髪小僧さん。助けて頂戴。あのお爺様に殺されます。妾《わたし》を助けて頂戴。連れて逃げて頂戴。早く。早く」
 と云いながら、もう先へ立って駈け出した。この様子を見たお爺さんは益々腹を立てて真赤になって、
「奴《おの》れ悪魔の娘、逃げようとて逃がすものか。空の涯までも追っかけて引っ捕えてくれる。引っ捕えたら生かしてはおかないぞ。あとから行く白髪の男、貴様も待て。二人共悪魔であろう。国を乱す悪魔であろう。石神の文《ふみ》を読んだからには悪魔の片われに違いない。逃がす事は出来ないぞ。生かしておく事は出来ないぞ」
 と大きな声で喚《わめ》きながら追っかけた。
 ところがこの時白髪小僧は、美留女《みるめ》姫に誘われて一所にあとから逃げながら、このお爺さんの喚《わ》めき声を聞き付けて不図うしろをふり返ると、その顔を一目見るや否や、お爺さんは又もや腰の抜ける程驚いた様子で――
「ヤヤ。貴方《あなた》様は藍丸国王様では御座いませぬか。どうしてここにお出で遊ばしました。そうしてそのお姿は……まあ、何という恐れ多い……浅ましいお姿……」
 と呆気《あっけ》に取られて立ち止ま
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