った。けれども美留女姫は少しも気が付かずに先へ走るし、白髪小僧もそのあとからくっついて、お爺さんが立ち止まった隙《ひま》にドンドン駈け出して行った。この様子を見るとお爺|様《さん》はもう狂気《きちがい》のように周章《あわて》出して――
「あれ。王様。王様。これはどうした事で御座います。お待ち下さりませ。お待ち遊ばせ。その女は悪魔……大悪魔で御座いますぞ。飛んでもない。飛んでもない。お待ち……お待ち遊ばせ。王様。王様」
と息を機《はず》ませて、又もや宙を飛んで追っかけた。
こうして三人は追いつ逐《お》われつ、だんだん人里遠く走って来たが、美留女姫はもう苦しくて苦しくて堪《たま》らないような声を出して――
「白髪小僧さん……白髪小僧さん……」
と呼びながらふり返りふり返り走って行く。うしろからはお爺さんが青い眼玉を血走らして――
「藍丸王様……王様……藍丸様ア」
と呼びながら追っかける。白髪小僧は只|無暗《むやみ》に息を切らして駈け続けた。
やがて夕日は西の山にとっぷりと落ち込んで、あたりが冷たく薄暗くなった。野原には露が降りて、空には星が光り初めた。けれどもお爺さんは追っかける事を止めなかった。とうとう山の中へ分け入って、小さな池の縁をめぐって、深い大きな杉の森に這入った時は、あたりがすっかり真暗になって、あとにも先にももう何にも見えず、只怖ろしさの余り声を震わして泣いて行く美留女姫の声を便りに、木の幹を手探りにして追うて行った。その内に白髪小僧は、ヒョロヒョロに疲れて、息をぜいぜい切らすようになった。それでも構わずに走っていると、あっちの根っ子に引っかかり、こっちの幹に打《ぶ》っつかり、もうこの上には一足も行かれないようになって――
「オーッ」
と呼んだと思うと、そのままそこによろめき倒れてしまった。
五 七ツの灯火
すると不思議な事には今呼んだ声が、誰かの耳に這入ったものと見えて、遠くで高らかに――
「オ――オ……」
と返事をする声がきこえた。白髪小僧はじっと顔を挙げて向うを見ると、丁度《ちょうど》今声の聞こえたあたりに小さな燈光《あかり》が一ツチラリと光り初めた。やがて、その光りが三ツになった。五ツになった。七ツになった。と思う間もなくその七ツの燈火《ともしび》が行儀よく並んでこちらへ進んで来た。その七ツの燈火《ともしび》に照らされた向うの有様を見ると、見事な飾りをした広い廊下で、天井《てんじょう》や壁に飾り付けてある宝石だか金銀だかが五色《ごしき》の光りを照り返して、まことに眼も眩《くら》むばかりの美しさである。そのうちに燈火《あかり》はだんだん近附いて、やがて持っている人の姿がはっきりと見えるようになった。
見ると七人の持《も》ち人《て》の内真中の一人だけは黄色の着物を着たお爺さんで、あとの六人は皆空色の着物を着た十二三の男の児であった。そうしてそのお爺さんは、最前《さっき》美留女姫と白髪小僧とを追っかけた、眼の玉の青いお爺さんに相違《ちがい》なかった。その中《うち》に七人は直ぐに自分の傍まで近付いて来たが、その持っている手燭《てしょく》の光りで四方《あたり》を見ると、ここは又大きい広い、そうして今の廊下よりもずっと見事な室《へや》である。そうして白髪小僧自身の姿をふりかえって見ると、こは如何《いか》に。最前《さっき》までは粗末な着物を着た乞食姿で、土の上に倒れていた筈なのに、今は白い軽い絹の寝巻を着て、柔らかい厚い布団《ふとん》の中に埋もっている。その上に自分の顔にふりかかる髪毛《かみのけ》を見るとどうであろう! 今まで滝の水のように白かった筈なのが、今は濃い緑色の光沢《つや》のある房々とした髪毛《かみのけ》になって、振り動かす度《たんび》に云うに云われぬ美しい芳香《かおり》が湧き出すのであった。重ね重ねの奇妙不思議に当り前の者ならば、屹度《きっと》気絶でもするか、それとも夢を見ているのだと思って身体《からだ》でも抓《つね》って見るところだが、併《しか》し白髪小僧は平気であった。昨夜《ゆうべ》も一昨夜《おととい》もそのずっと前からここに居て、たった今眼が覚めたような顔をして、先に立ったお爺さんの顔を横になったまま見ていた。
お爺さんは六人の小供を従えて、寝台《ねだい》の前に来て叮嚀にお辞儀をした。そうして畏《おそ》る畏る口を開いた――
「藍丸王様。青眼爺《あおめじい》で御座います。お召しに依って参りました。何の御用で入らせられまするか。何卒《どうぞ》何なりと御仰せ付けを願います」
白髪小僧はこう尋ねられても何《なんに》も返事をせずに、只ぼんやりと青眼爺さんの顔を見ていた。
するとお爺さんは何やら思い当る事があると見えて、傍の小供に眼くばせをしたが、やがてその中《うち》の一|人《に
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