て》を見つめていた親や身内の者共は、最早《もう》いよいよ二人共に、死んだものと諦めるより他に、仕方がなくなりました。
二人の両親の歎きは素より、村の者共の悲しみと驚ろきは一通りではありませんでした。いくら水潜りが上手でも、こんなに長い事水の底に居て生きておられる道理はありません。
けれどももしや船と船との間に、浮かみ上っているのではあるまいか。又はもしや悪い魚《うお》に喰われたとしても、せめて髪毛《かみのけ》位浮き上がりそうなものだ。いや、死んでいないから浮き上らないのだ。いや、死んでいても浮き上らないのだろう。
ああかも知れぬ、こうかも知れぬと、吾が事のように皆の者は八釜《やかま》しく評議を初めましたが、この時宇潮と藻取とはやっと気を取り直して、皆の者に向って異口同音に叫びました――
「皆の衆《しゅ》、聞いて下さい。私達はもう立派に諦めを付けました。二人の者は水の底で、鏡を見付けて、綱を結び付けて帰って来る途中で、何か悪い魚《うお》の餌食になったに違いない。そうでなければ最早《もう》疾《とっ》くに浮き上って来る筈だ。こうと知ったらば、前から刃物の一ツも持たせてやるところだったものを。けれども今は歎いても仕方がない。それよりももっと大切な鏡を引き上げるのが、何より肝要だ。
この鏡は二人の身代りだ。この上もない大切な形見だ。王様のお望みの品だ。さあ御苦労だが皆の衆、元気を出して引いた引いた」
と涙を払って頼みましたから、皆の者も励まされて、疲れた身体《からだ》を起こして、一所に涙を拭き拭き、又もや綱に取り付きました。
それからその夜は夜通し引きましたが、綱は相変らず二三寸|宛《ずつ》しか上って来ませぬ。とうとうその翌日《あくるひ》終日《いちにち》、その翌る晩も夜通し、その又翌る日も終日《いちにち》、入れ代り立ち代り大勢の人々が、オイオイ泣きながらこの綱を引きましたが、やっと三日目の晩方、いよいよ綱が残り少なくなりますと、不思議や今まで雲一ツ見えなかった空が、俄《にわか》に墨を流したように掻《か》き曇《くも》って来まして、忽《たちま》ち轟々《ごうごう》と雷鳴《かみなり》が鳴り初め、風が吹き、雨が降りしきりまして、海の上は何千何万の白馬黒馬が駈けまわるように波が立って、沢山に繋《つな》ぎ合わせた船を一時《いちじ》に揉《も》み潰《つぶ》そうとしました。けれども皆
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