め》ですから、皆は最早自分達が取りに行くよりもずっと勢い付いて、直ぐに支度に取りかかりました。その中でも美留藻のお父さんは取りわけ大威張りで――
「どうだ。俺の娘と婿殿を見ろ。えらいもんだ。二人で行けばどんな深い海に沈んだ者でも、直ぐに見つけるに違いない。又どんな恐ろしい魚《うお》が来ても大丈夫だ。二人共魚よりよく泳ぐのだから。ああ嬉しい。俺の娘と婿を見ろ。豪《えら》いもんだ。豪いもんだ」
と無性に喜び狂うておりました。
村人は先ず沢山の湯を沸《わ》かして、二人の身体《からだ》を浄《きよ》めました。それから髪を解かして、身体《からだ》と一所に新らしい布で包みました。そして新らしく作った喰べものを喰べさせて、新規に作った布団《ふとん》の中に、静かに二人を寝かしました。そうして翌《あく》る朝、まだ太陽の出ないうちに種々《いろいろ》の準備《したく》をすっかり整えまして、一ツの船には布で巻いた二人の潜り手、それからもう一ツの船には長い綱を積み、それから村中有り限《き》りの船を皆、沢山の赤や青の藻で飾り立てまして、陸《おか》の方から吹く朝風に一度に颯《さっ》と帆を揚げますと、湧き起る喊《とき》の声と一緒に舳《へさき》を揃えて、沖の方へと乗り出しました。
折柄風は追手《おって》になり波は無し、舟は矢のように迅《はや》く湖の上を辷《すべ》りましたから、間もなく陸《おか》は見えなくなって、正午《ひる》頃には最早十七八|里《り》、丁度湖の真中程まで参りました。そこで皆帆を巻き下して、船と船とをすっかり固く繋ぎ合わして、どんな暴風雨《あらし》が来ても引っくり返らないようにして、二人の潜り手が乗っている船と、綱を積んでいる船とを真中に取り囲みました。この時二人は身体《からだ》に巻いてあった布を取って、各自《てんで》に綱を一本|宛《ずつ》身体《からだ》に結び付けますと、船の両側から一時に、水煙《みずけむり》を高く揚げて、真青な波の底に沈みました。
その中で美留藻は香潮よりも余程水潜りが上手だったと見えまして、香潮よりもずっと先に水を蹴って、銀色の泡を湧かしながら、底深く沈んで行きましたが、沈むにつれて四周《まわり》が次第に暗くなって、今まで泳いでいた魚《うお》は一匹も見えず、その代り今まで見た事もない、身体《からだ》中口ばかりの魚《うお》だの、眼玉に尻尾《しっぽ》を生やしたような魚
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