どき》に娘の顔を見つめました。皆から顔を見られて、娘は恥かしそうに口籠《くちご》もりましたが、とうとう思い切って、
「その訳《わけ》はこの書物にすっかり書いて御座います」
 と云いながら、懐《ふところ》から黒い表紙の付いた一冊の書物を出しました。
「この書物に書いてある事を読んで見ますと、白髪小僧様は今までこの国の人々が見た事も聞いた事もない不思議な国の王様なので御座います。ですからこの世の中でどんなに貴い物を差し上げても、どんなに面白い物を御目にかけても、御喜びになる気遣《きづか》いはあるまいと思います。そうしてそればかりでなく、白髪小僧様が妾《わたし》の命を御助け下さるという事は、ずっと前から定《き》まっていた事で、その証拠にはこの書物には、妾が水に落ちましてから、助けられる迄の事が、ちゃんと書いてあるので御座います。決して御礼を貰おうなどいう卑《さも》しい御心で御助け下さったのでは御座いませぬ」
 と決然《きっぱり》とした言葉で申しました。
 両親は云うに及ばず、大勢の人々もこの娘の不思議な言葉に、心の底から驚いてしまって、暫《しばら》くはぼんやりと娘の顔と白髪小僧の顔とを見比べていましたが、何しろあんまり不思議な話しで、どうも本当《ほんと》らしくない事ですから、父様は頭を左右に振りながら――
「これ娘、お前は本気でそんな事を云うのか。私はどうしてもお前の話しを本当《ほんと》にする事は出来ない。一体お前はどこでそんな奇妙な書物を手に入れたのだ」
 と言葉せわしく尋ねました。娘はどこまでも真面目《まじめ》で沈《お》ち着《つ》いて返事を致しました――
「いいえ、妾はちっとも気が狂ってはおりませぬ。そして又この書物に書いてある事を疑う心は少しも御座いませぬ。お父様でもお母様でもどなたでも、一度この書物に書いてあるお話しを御聞き遊ばしたならば、矢張《やっぱ》り屹度《きっと》妾と同じように本当に遊ばすに違いありませぬ。でもこの書物には白髪小僧様と、妾の身の上に就《つ》いて、今まであった事や、行く末の事が些《すこ》しも間違いなく委《くわ》しく書いてあるので御座いますもの。ですからこの書物を読みさえすれば妾がどうしてこの書物を手に入れたかという事も、すっかりおわかりになるので御座います。又今から後《のち》白髪小僧様と妾の身の上がどうなって行くかという事も、追々とおわかりにな
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