く気を付けて次第に山深く分け入ったが、見ゆるものとては山々の燃え立つような紅葉《もみじ》ばかり。聞こゆるものとては遠くを流るる谷川の音。それさえ折々は途絶え途絶えて、空には雲一つ見えず、地には木《こ》の葉一枚動かず、気味の悪い程静かに晴れ渡った日であった。
 それでも皆気を落さずに一心になって探し続けたが、やがて正午《ひる》近くなって、人も馬もとある樫《かし》の樹の森に這入って、兵糧《ひょうろう》を遣《つか》いながら一休みしてからは、夕方ここで又会う約束で、四十人が四組にわかれて、四方の山や谷を残る処無く探した。けれども相変らず森閑《しんかん》としていて、眼指す赤い鳥は影も形も見せない。
 中にも藍丸王の十人の組は、以前《さっき》の樫の森から東側へかけて、夕方まで探していたが、最早《もはや》日が暮れかかってもそれらしい影は愚か、小雀《ことり》一羽眼に這入らぬから、皆|落胆《がっかり》して疲れ切ってしまって、約束の通り最前《さっき》の樫の樹の森へ帰ろうとした。
 するとこの時不意にどこか遠い処で、鳥のような人間のような奇態な声で歌を唄っているのを十人が一時に聞いた。
「妾《わたし》はここに居りまする。淋しくここに居りまする。
 恋しい御方の御出《おい》でをば。御待ち申しておりまする。

 青い空には雲が湧く。黒い海には波が立つ。
 昔ながらの世の不思議。見たか聞いたか解ったか。

 よしや夢でも現《うつつ》でも。妾はここに居りまする。
 淋しくここに居りまする。妾の名前は赤鸚鵡」
 皆は顔を見合わせて、それっというと俄《にわか》に元気百倍して駈け出したが、どう為《し》たものか十人が十人共、各自《てんで》に一人は東、一人は西と違った方に声を聞いて、こっちだこっちだと云いながら、八方に散って行った。
 あとに残った藍丸王は、どっちとも解らず、只その声の為《す》る方に迷い迷うて、いつの間にか只《と》ある谷の奥深く、真暗な杉の木立の中へ這入って仕舞った。
 その時は最早《もう》短い秋の日が暮れて、鳥の声も聞こえなくなっていたが、その代り真暗な杉の森の奥にチラチラと焚火《たきび》の光りが見えて来た。その火を見ると今まで音《おと》なしく王を乗せて来た白馬《しろうま》が驚いたと見えて、急に四足を突張って動かなくなったから、藍丸王は馬から降りて手綱《たづな》を放り出したまま、つかつか
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