を休め、
現《うつつ》ともなく夢ぞとも、御存じのない魂は、
他の世界へ抜け出でて、他の世界の人々に、
王の心の気楽さを、示し歩いておわします」[#最後の5行は底本では字下げなし]
ここまで読んで来ると生憎《あいに》く、先に立ったお爺さんは、この時|不図《ふと》袋が軽くなったのに気が付いて、変だと思いながらふり返って見ると、自分の背中の袋から落ちた銀杏の葉が、ずっと背後《うしろ》まで長く続いているのを見付けた。これは大変と吃驚《びっくり》して袋を調べて見ると、最前《さっき》美留女姫が鋏で切り破った穴が、袋の底に三角に開《あ》いている。お爺さんはこれを見ると憤《おこ》るまい事か――
「奴《おの》れ小娘、覚悟をしろ。こんな悪戯《わるさ》をして俺の大切な役目を破ったからには生かしておく事は出来ないぞ。どうするか見ておれ」
と大きな声で怒鳴りながら、忽《たちま》ち鬼のような顔になって袋も何も打《う》っ棄《ちゃ》って、あと引かえして追っかけて来た。
美留女姫は二度|吃驚《びっくり》。もう銀杏の葉の字を読むどころの沙汰《さた》ではない。慌てて逃げ出して、後《あと》から来た白髪小僧の袖に縋って――
「あれ、助けて頂戴。白髪小僧さん。助けて頂戴。あのお爺様に殺されます。妾《わたし》を助けて頂戴。連れて逃げて頂戴。早く。早く」
と云いながら、もう先へ立って駈け出した。この様子を見たお爺さんは益々腹を立てて真赤になって、
「奴《おの》れ悪魔の娘、逃げようとて逃がすものか。空の涯までも追っかけて引っ捕えてくれる。引っ捕えたら生かしてはおかないぞ。あとから行く白髪の男、貴様も待て。二人共悪魔であろう。国を乱す悪魔であろう。石神の文《ふみ》を読んだからには悪魔の片われに違いない。逃がす事は出来ないぞ。生かしておく事は出来ないぞ」
と大きな声で喚《わめ》きながら追っかけた。
ところがこの時白髪小僧は、美留女《みるめ》姫に誘われて一所にあとから逃げながら、このお爺さんの喚《わ》めき声を聞き付けて不図うしろをふり返ると、その顔を一目見るや否や、お爺さんは又もや腰の抜ける程驚いた様子で――
「ヤヤ。貴方《あなた》様は藍丸国王様では御座いませぬか。どうしてここにお出で遊ばしました。そうしてそのお姿は……まあ、何という恐れ多い……浅ましいお姿……」
と呆気《あっけ》に取られて立ち止ま
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