けていて、お話を聞きながらうとうとと居睡《いねむ》りをしているではないか。姫は何だかサッパリ訳がわからなくなった。最前からのいろいろの不思議の出来事は、矢張り本当の事ではなく、皆この書物を読みながらそのお話しの通りに自分が為《し》たように思っただけで、本当は矢張り最前《さっき》からここに立ったままで、白髪小僧は自分の気付かぬ間《ま》にここに来て眠っているのだとしか思われなかった。姫は益々呆れてしまって、思わず手に持っていた書物をパタリと地上《じべた》に取り落すと、間もなく颯《さっ》と吹いて来た秋風に、綴《と》じ目《め》がバラバラと千切れて、そのまま何千何万とも知れぬ銀杏の葉になって、そこら中一杯に散り拡がった。見るとその葉の一枚|毎《ごと》に一字|宛《ずつ》、はっきりと文字が現われている様子である。
 重ね重ねの不思議に姫は全く狐に憑《つま》まれた形で、ぼんやりと突立って見ていると、その内に又もや風が一しきり渦巻《うずま》き起《た》って、字の書いてある銀杏の葉をクルクルと巻き立てて山のように積み重ねてしまった。
 するとそこへどこからか眼の玉と髪毛《かみのけ》と鬚《ひげ》が真青な、黄色い着物を着た一人のお爺《じい》さんが出て来たが、この銀杏の葉の山を見ると、これも何故《なぜ》だか余程驚いた様子で――
「これは大変な事になった。一時《いっとき》も棄てておかれぬ」
 と云いながら直ぐ傍《そば》の石作りの門の中に這入ったが、やがて大きな袋と箒《ほうき》を持って来てすっかり銀杏の葉をその中へ掃《は》き込《こ》んで、どこかへ荷《かつ》いで行く様子である。これを見ていた姫はこの時はっと気が付いて、あの銀杏の葉に書いてある字を集めると、屹度《きっと》今までのお話しの続きがわかるのに違いないと思ったから、持って行かれては大変と急に声を立てて――
「お爺さん、一寸待って下さい」
 と呼び止めた。
 けれども青い眼の爺様は見向きもしないで唯《ただ》――
「何の用事だ」
 と云い棄ててずんずん先へ急いで行った。
 美留女姫はこれを見ると、慌ててお爺さんに追《お》い縋《すが》って――
「お爺さん。何卒《どうぞ》御願いですから待って下さい。そうしてその銀杏の葉に書いてある字を妾に読まして下さい」
 と叮嚀《ていねい》に頼んだ。けれどもお爺さんは矢張り不機嫌な声で――
「馬鹿な事を云うな。これ
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