僧の事に違いないことがわかった。成程、白髪小僧ならば、世界中で二人とない不思議な身の上話を持っているに違いない。そうしてそれを聞くのは世界中でこの人達が初めてで、しかもそれが美留女姫の身の上と一所になって、どこかまだ知らぬ国の王様と女王になるらしく思われたから、皆の者は最早《もう》先が待ち遠しくて堪《たま》らなくなって――
「それからどうしたのです。早く先を読んで下さい」
 と口々に催促《さいそく》をした。

     三 青い眼

 美留女姫も同じ事で、最前《さっき》水に落ちたのを、白髪小僧に救い上げられてから今までの出来事は、皆本当に自分の身の上に起っている事か、それともこの書物に書いてあるお話しかと疑った。そうして皆から催促される迄もなく、白髪小僧と自分の身の上のお話がどうなるか、早く読みたくて堪らなかったけれども、一先ずじっと気を落ち着けて皆の顔を見まわしながらニッコリと笑った。そうして――
「待って下さい。妾《わたし》もこれから先どうなるか知らないのです。今から先を読みますから静かにして聞いていて下さい」
 と云いながら、胸を躍らせて次の頁を開いた。
 見ると……どうであろう。次の頁は只の白紙《しらかみ》で、一字も文字が書いて無いではないか。これは不思議……今まであった話が途中で切れる筈《はず》はないと思いながら、慌てて次の頁を開いたがここも白紙《はくし》で何も書いて無い。その次その次とお終い迄バラバラ繰り拡げて見たが矢張《やっぱ》り同じ事。真逆《まさか》白髪小僧と自分の身の上が、これでおしまいになった訳ではあるまいと、美留女姫は胸が張り裂ける程驚き慌てて、今度は前の方を引っくりかえして見ると又驚いた。今まであんなに書き続けてあった文字が一字も無く、この書物は全くの白紙《しらかみ》の帳面と同じ事になっていた。
 美留女姫はあまりの事に驚き呆《あき》れて思わず書物から眼を離すと又不思議、今までたしかに大広間の中で大勢の人に取りまかれて、書物を読んでいた筈なのに、今見まわせばそんなものは、書物の文字や挿《さ》し絵《え》と一所に、どこかへ綺麗《きれい》に消え失せてしまって、自分は矢張り最前の銀杏《いちょう》の根本に、書物を持ったままぼんやりと突立っているのであった。しかも眼の前の最前書物の置いてあった銀杏の樹の根本には、いつの間にどこから来たか、白髪小僧が腰をか
前へ 次へ
全111ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング