は、王が最前蛇を見せた時の事を思い出して、思わずゾッと身震いをしました。そうして直ぐに独りで王宮を出まして、急いで紅木大臣の家へ行って見ましたが、来て見るとどうでしょう。今まで深く茂った大きな常磐木《ときわぎ》の森の間に、王宮と向い合って立っていた紅木大臣の邸宅《やしき》は住居《すまい》も床も立ち樹もすっかり黒焦《くろこげ》になってしまって、数限りなく立ち並んだ焼木杭《やけぼっくい》の間から、白い烟《けむり》が立ち昇っているではありませぬか。そうして玄関のあたりに大臣夫婦は手も足も切り離されて、方々焼け焦げたまま、眼も当てられぬ姿になって倒れております。
青眼先生は震える手で、その手足を集めて見ましたが、最早何の役にも立ちませんでした。大臣夫婦の死体は最早切れ切れに焼け爛《ただ》れて、とても青眼先生の力では助ける事が出来ませんでした。
青眼先生は余りの事に声を立てて泣き出しました。そうしてもしや一ツでもいいから助かりそうな死骸は無いかと、暗《やみ》の中に散らばっている死骸を一ツ一ツに検《あらた》めながら、奥の方へ来る中《うち》に、不図青眼先生は屋敷の真中あたりで、切れるように冷たい者を探り当てて、ヒヤリとしながら手を引《ひ》き退《こ》めました。それは鉄と氷との二ツの死骸でしたが、薄い月の光りはその物凄い白と黒の二ツの姿を照して、何だか両方とも青眼先生を睨んでいるように思わせました。
青眼先生は思わずタジタジとあと退《ずさ》りをしました。そうして二ツの死骸をじっと見入りました。すると不思議や、青眼先生の直ぐうしろに寝ていた一ツの首が、白い眼を開いて月の光りを見ながら、唇をムズムズと動かし始めましたが、やがて不意に――
「嘘|吐《つ》き」
と云いました。青眼先生はハッと驚いて背後《うしろ》をふり向きますと、うしろにはたった今|検《あらた》めた馬丁《べっとう》の死骸があるばかりで、しかも手も足もバラバラになっているのですから、口を利く気遣いはありませぬ。先生は大方耳の迷いだろうと思って、ここを立ち去ろうとしますと、今度は別の死骸の、身体《からだ》から離れて転がっている首級《くび》が、眼をパッチリ開いて、月あかりに先生の顔をジッと睨みながら――
「不忠者」
と叫びました。青眼先生は身体《からだ》中が痺《しび》れる程驚いて、立ち竦んでしまいますと、今度は四方八方の死
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