いでどこかの室《へや》へ運んで行きました。
槍の穂先に取り囲まれた紅木大臣は、身動きも出来ぬようになりまして、棒のように突立ちながら歯切《はぎし》りをして、兵士の顔を睨みまわしていましたが、やがてその持っていた剣をカラリと床の上に取り落すと、そのまま高い暗い天井を仰いで、髪毛を一筋|毎《ごと》にビリビリと震わしながら――
「アーッハッハッハッ」
と高らかに笑い出しました。その気味悪さ。恐ろしさ。周囲《まわり》の兵士は思わず槍《やり》を手許《てもと》に控えて、タジタジとあと退《ずさ》りをしました。
けれども紅木大臣の笑い声は、なおも高らかに続きました――
「アッハッハッハッ。可笑《おか》しい可笑しい。こんな可笑しい事が又とあろうか。何という馬鹿馬鹿しい事だ。アッハッハッハッ、俺は今やっと思い出した。昔の名前を思い出した。俺の名前は美留楼《みるろう》公爵というのだった。何だ、馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。アッハッハッ。
あれ、美留女が本を読んでいる。白髪小僧が居眠っている。アハ。アハ。何の事だ。俺はこのお話を本当の事かと思った。これ、美留女。止めろ。止めろ。そんな本を読むのを止めろ。あんまり非道《ひど》いではないか。あんまり情ないではないか。お前はそれを平気で読むのか。お父さまは最早《もう》聞いていられない。コレ。止めろ。止めろと云うに」
と云いながらよろよろと前の方によろめき出ましたが、濃紅姫の寝台《ねだい》に行き当って、又ハッと気が付きました。そうして寝台に倒れかかったままじっと濃紅姫の死体を見ていましたが、見る見るその眼は又|旧《もと》の通りに釣り上りました。
「エエッ。矢張り本当の事であったか。濃紅姫は死んだのであったか。よしそれならばこうして……」
と云う中《うち》に自分の外套を脱いで、濃紅姫の死体をクルクルと巻いたと思うと、肩に荷《かつ》ぐが早いか一散にこの室《へや》を走り出ました。これを見ると火のように怒った藍丸王はそのあとから叫びました――
「ソレッ。あの家の者を鏖《みなごろし》にしてしまえ。あとは火を放《つ》けて焼いてしまえ」
二十四 生首の言葉
一方青眼先生は、一旦《いったん》はすっかり気絶して終《しま》って、何も解からなくなっていましたが、やがて自然と気が付いて見ますと、どうでしょう。最前自分は藍丸王の眼の前
前へ
次へ
全111ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング