せられます。貴女のお家に災《わざわい》を致しましたのは……お兄様やお姉様を殺しましたのは、今氷になっているあの美留藻の魂が、貴女に乗り移って為《し》た事……」
と申しましたが、その言葉のまだ終るか終らぬかに、雷が落ちたような声を立ててこの室《へや》に飛び込んで来て、二人を左右に突き飛ばした者がありました。それは紅木大臣でした。それと見ると女王はよろめき倒れた身を起して――
「あれ。お父様」
と一声高く叫びながら駈け寄ろうとしましたが、紅木大臣の見幕があまり恐ろしいので、思わずハッと踏み止まりました。そうしてワナワナ震えながら――
「オ……お父様……お父……様……」
と云う中《うち》に次第にあと退りをして、一方の壁に倚《よ》りかかって身体《からだ》を支えました。青眼先生も紅木大臣の見幕に驚いて、床の上に尻餅を突いたまま、呆気《あっけ》に取られて大臣の顔を見詰めておりました。
紅木大臣はその間につかつかと寝台《ねだい》に近寄って、白布《しろぬの》を取り除《の》けました。その下には髪毛から首のあたり――胸から爪先へかけて、一面に紅玉《ルビー》に包まれて、臘《ろう》のように血の気を失った濃紅姫の死骸が仰向けに横たわっております。
それをじっと見ていた紅木大臣の髪毛は、見る見る中《うち》に皆逆さに立ちました。顔色は真青になって、眼は火のように血走りました。そうして歯をギリギリと噛み鳴らし、身体《からだ》をワナワナと震わせながら、剣の柄を砕くるばかりに握り締めて、屹《きっ》と女王の顔を睨み付けましたが、やがて火を吐くような声で罵《ののし》りました。
「悪魔。悪魔。貴様は美紅ではない。女王ではない。又美留藻とかいう者でも何でもない。美紅を身代りとして青眼先生に殺させ、その次には紅矢を殺し、今は又この濃紅を殺して、この国の女王の位を奪おうとする悪魔。悪魔。大悪魔だ。根も葉もない作り事をして、美紅に化けて欺こうとしても、この紅木大臣は欺されぬぞ。その化けの皮を引ん剥《む》いてくれる。吾が児の讐《かたき》覚悟しろ」
その声は暴風のように室の中を渦巻きました。
そうして一歩退ってギラリと剣を引き抜いたと思うと、女王に飛びかかろうとしましたが、彼《か》の時早くこの時遅く、青眼先生がうしろからしっかりと抱き止めました。すると紅木大臣は歯噛みをして――
「エエッ、放せ。放さぬか。
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