だから、二人共悪魔に魅入られているにきまっている。そうして鏡だの、蛇だの、鸚鵡だのを妾の方が先に見たから、悪魔が妾の方に加勢して、妾に知恵を授けているのに違いない。妾に美紅姫に化けよと教えるのに違いない。屹度そうだと思いますと、妾は最早《もはや》すっかり疑いが晴れました。妾は矢張《やっぱり》美留藻であった。行く末は、この国の女王になる美留藻であった。こう思って妾は最早《もはや》女王になったように喜び勇みました。そうして直ぐにたおれている美紅姫の懐を探って、兼ねてから隠しておきました青眼先生の眠り薬を取り出して、美紅姫に嗅がせまして、そのまま戸棚の中に押し隠しました。こうして妾はいよいよお目見得の式の朝になった時、着物を取り換えて自分の代りに本当の美紅姫を寝台《ねだい》に寝せて逃げて行くつもりでした。そして昼の間は妾は室《へや》に閉じ籠もって、成るたけ家の人にも姿を見せぬようにして、真夜中になってから起き上って、薬のために眠っている美紅姫の着物と着換えては、窓から飛び出して悪い事を致しました。
 妾はこの時自分で自分の智恵に感心をしておりました。こうすれば妾はいつ家《うち》の人に見咎《みとが》められても美紅としか見えませぬ。けれども一番おしまいの晩にとうとう貴方――青眼先生に見付けられてしまいました。
 あの時妾は、紅矢様を苦しめに行きましたが、折角歌で誘い出した貴方が、引き返してお出でになる様子ですから、急いで自分の室に帰ろうとしましたが、その時妾があまり急いで紅矢様の身体《からだ》から蛇を引き放しましたために、紅矢様は眼をさまして、妾を見るといきなり飛び付いて、左手で妾の胸の鈕を掴みました。今でも紅矢様の掌《て》の中には一ツの大きな金剛石《ダイヤモンド》を握っておいでになるに違いありませぬ。妾はそれを振り千切って逃げて帰って、知らぬ顔をして寝ておりました。それを貴方に見付けられたので御座います。妾が貴方から氷の薬を注ぎかけられました時、妾はもう助からぬと思いました。けれども一旦気絶して、たおれて又気が付きますと、どうでしょう、妾はいつの間にか戸棚の中に、男の服を着て立っていたので御座います。
 この時もし妾に今までの美紅の心が少しでも残っていたらば、妾は女王にはならなかったで御座いましょう。こんな恐ろしい悲しい思いを為《せ》ずとも済んだで御座いましょう。けれどもこ
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