来てどこへ行くのだ」
と尋ねました。姫はこの石男のあまり大きいのに吃驚《びっくり》して、暫くは返事も何も出来ませんでしたが、併し別に悪い者でもなさそうですから、今までの自分の身の上をすっかり話して、何卒《どうぞ》お父さまやお母様に会わして下さいと頼みました。石男は濃紅姫の身の上話を聞きますと、どうした訳か解かりませんが大層歎き悲しみました。そうして吾れと自分の頭の毛を掻《か》きむしって――
「吁《ああ》。皆《みんな》俺が悪いのだ」
と泣きながら水晶の玉を眼からぼろぼろと落していましたが、やがて気を取り直しまして、濃紅姫に向って親切に――
「噫《ああ》、お嬢様。貴女《あなた》がそんなに非道《ひど》い目にお会いになるのは、皆私が悪いからで御座います。何卒《どうぞ》御勘弁なすって下さいまし。けれども今更どうする事も出来ませぬから、その代り貴女に御両親のおいでになる処を教えてあげましょう。そこへ行って貴女は今までの苦労をすっかり忘れて、楽しく眠っておいでなさい。決して眼を覚ましてはいけませぬよ。眼を覚ますと貴女は又、あの恐ろしい藍丸王や海の女王の処に帰って、悲しい目を見なければなりませぬから、そのおつもりでいらっしゃい。貴女はこれから真直に北の方へ、どこまでも歩いてお出でなさい。そうすれば決定《きっと》そこで貴女の御両親にお会いなさるでしょう。左様なら。御機嫌よう。可愛い、可愛い濃紅姫」
と云うかと思うと、そのまま又もやゴロリと仰向《あおむ》けに引っくり返って眠ってしまいました。
姫はこの石男に別れてから、その教えの通りに猶《なお》ずんずんと北に向って進んで行きますと、やがて日が暮れ初めた頃、向うに火に柱を吹き出している岩山と、その火の柱の光りに輝やいている一つの湖が見えて来ました。その火の柱の美しい事。まるで千も万もの花火を一時に連《つづ》けて打ち上げるようで、紅《あか》や青や黄色やその他|種々《いろいろ》の火花が散り乱れて、大空に舞《ま》い昇《あが》っていましたが、不思議な事にはその轟々《ごうごう》と鳴る音をじっと聞いていますと、お父様の声のように思われるではありませぬか。濃紅姫は嬉しくて堪らず、足の疲れも忘れてなおも進んで行きますと、やがて今度はどこからとなく懐かしいお母様の声が聞こえて来ました。姫は思わずその声の方に誘われて、その方へ迷って行きますと、やがて
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