その顔。その姿。それから寝台《ねだい》の左右に垂れた髪毛《かみのけ》の色から縮れ工合まで、あの夢の中で、自分の背中の銀杏の葉の袋を切り破った女の子に一分一厘違いないではありませぬか。
青眼先生は暫くの間は、あまりの不思議に呆気《あっけ》に取られて、茫然《ぼんやり》と少女の寝顔に見とれておりましたが、やがてほっと大きな溜息をつきますと、何やらぐっとうなずきまして、震える手で窓をそっと押して見ますと、訳もなくスーッと左右に開きました。そこからそろそろと音を立てぬように中に這い込んだ青眼先生は、床の上に下りると直ぐに、毒薬の瓶の口を切って右手に持って身構えをして、丸|硝子《ガラス》の行燈《あんどん》の薄黄色い光りに照された少女の寝顔を又じっと見入りました。
見れば見る程美しい少女の姿。夕雲のように紫色に渦巻いた長い髪毛《かみのけ》。長い眉と長い睫毛《まつげ》。花のような唇。その眼や口を静かに閉じて、鼻息も聞こえぬ位静かに眠っている姿。見ているうちにあまり美しく艶《あで》やかで、何だかこの世の人間とは思われぬようになりました。けれどもなおよくあたりを見まわすと、その髪毛《かみのけ》の中や枕のまわりに一粒か二粒|宛《ずつ》、紅矢の枕元に在ったのと同じ位の大きさの紅玉《ルビー》が散らばっているではありませんか。
青眼先生はこれを見ると思わず声を立てて――
「悪魔」
と呼びました。
この声を聞くや否やその少女は直ぐにむっくりはね起きて、青眼先生の顔を一眼チラリと見ましたが、忽ち物凄い形相《かおかたち》になって――
「あれッ。青眼先生……妾《あたし》は美紅です。この家《うち》の娘です。悪魔ではありません」
と叫びながら紫の髪毛《かみのけ》をふり乱し、紅玉《ルビー》を雨のようにふり散らして、物をも云わず窓から逃げ出そうとしましたが、最早《もはや》遅う御座いました。青眼先生が注ぎかけた薬が身体《からだ》のどこかへ触《さわ》ると直ぐに、身体《からだ》中の血が氷になって、寝台《ねだい》の上にドタリと落ちて、見る見る内にシャチコばってしまいました。
青眼先生はこれを見ると、ほっと一呼吸《ひといき》胸を撫《な》で下しましたが、なおじっと気を落ち付けて動悸を鎮めて、それから死骸の傍へ寄ってよく周囲《まわり》を検《あらた》めて見ました。そうしていよいよ死んだという事をたしかめてから、
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