というのはどんな男であろう」
と身を乗り出しました。すると間もなく美留藻の姿は鏡の表から消え失せまして、今度は醜い、怖《おそ》ろしい、骸骨のような化物の姿が現われました。そこは丁度鏡を取り上げた船の上の景色で、荒れ狂う波の上には、月の光りが物凄く輝いて、化物の姿を照しておりました。
「何だ。これが美留藻の許嫁の香潮という奴か。何という恐ろしい姿であろう。此奴《こいつ》が今に美留藻が俺の后《きさき》になった事を知ったならば、嘸《さぞ》俺を怨む事であろう。成程、これは面白い。赤鸚鵡赤鸚鵡、何卒《どうぞ》して此奴《こいつ》が死なないように考えて話してくれ。そうして俺に刃向って、大騒動を起すようにしてくれ。こんな珍らしい化物を無残無残《むざむざ》と殺しては、面白い話しの種が無くなる。相手に取って不足のない化物だ」
と叫びました。すると赤鸚鵡は静かに答えました――
「はい、畏《かしこ》まりました。もとより御言葉が無くとも香潮の身の上は今に屹度《きっと》そうなって参ります」
この言葉の終るか終らぬに又鏡の中の様子が変って、今度は広い往来が見え初めました。その往来の左右はどこかの青物市場と見えまして、大勢の人々が、新らしい野菜や果物を、忙しそうに売ったり、買ったり、運んだりしています。そこへどう迷ったものか、白髪小僧が遣って来ましたが、見るとこの間の通り顔は焼け爛《ただ》れて、眼も鼻もわからず、身には汚い衣服《きもの》を着て、鈴や月琴を一纏めにして首にかけ、左手には孔《あな》の無い笛を持ち、右手には字の書いてない書物を持っておりました。その姿が珍らしいので、あとから大勢の小供が従《つ》いて来て、石や泥を雨のように投げ附けていますが、白髪小僧は痛くも何ともない様子で、平生《いつも》のようにニコニコ笑いながら、ぼんやり突立って逃げようともせぬ様子です。するとそこへ又一人、手足から顔まで襤褄《ぼろ》で包んだ男が出て来まして、白髪小僧の様子を見て気の毒に思いましたものか、小供を四方に追い散らして白髪小僧の傍へ寄って、手を引いてどこかへ連れて行こうとする様子でしたが、その時どうした途端《はずみ》か顔を包んでいた布《きれ》が取れると、これが彼《か》の半腐れの香潮で、集まっている者は皆その顔付の恐ろしさに、大人も小供も肝を潰して、散り散りに逃げ失せてしまいました。
その間に香潮と白髪小
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