の努力を、彼一人に集中させているのであった。
 そればかりでない。
 虎蔵の強盗時代の仕事ぶりは「ハヤテの虎」とか「カン虎」とかいう綽名《あだな》と一緒に、ズット以前から、世間の評判になっていた。
 綽名の通りカンの強い彼は、脅迫《おどし》のために人を傷《きずつ》ける場合でも、決して生命《いのち》を取るようなヘマをやらないのを一つの誇りにしていた。……のみならず彼は仕事をした界隈《かいわい》で、決して女にかからなかった。遥かの遠い地方に飛んで、絶対安全の見込みが付いた上でなければ、ドンナ事があっても酒と女を近付けなかった。そうして蓄積した不眠不休の精力とすばらしい溜《た》め喰《ぐ》いと、無敵の健脚を利用した逃走力でもって、到る処の警戒線を嘲弄《ちょうろう》し、面喰らわせるのを、一本|槍《やり》の逃走戦術にして来たものであった。
 だからその虎蔵が、久し振りにその筋の手にあがると間もなく、網走の監獄を破って逃走したという一事は、全国のセンセーションを捲き起すのに十分であった。況《いわ》んや、それが一箇月もの永い間、縛《ばく》に就《つ》かない事が一般に知れ渡ってしまった今日、結局……「虎蔵
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