が北海道を出ないうちに捕まるか、捕まらないか」という問題が、全国の紙面に戦慄的な興味を渦巻かせているのは当然であった。
そればかりでない。
今度の脱獄後の彼は、どこまでも囚人服を着換えなかった。到る処で彼自身に相違ない事を名乗り上げながら仕事をして来た。そうした方が脅喝《きょうかつ》に有利であったばかりでなく、そこを目星にして集中して来るその筋の手配りを、引外《ひきはず》し引外し仕事をした方が、遥かに安全である事を幾度となく、事実上に証拠立てて来たものであった。
……俺は普通《ただ》の強盗とは違うんだぞ。そのうちにタッタ一つ大きな仕事をして、大威張りで北海道を脱け出すまでは、ケチな金や、ハシタ女《め》には眼もくれないんだぞ……。
といったような彼一流のプライドを、そうした仕事ぶりの到る処に閃《ひら》めかして来たことは云うまでもない。
……とはいえ……虎蔵のこうした精力の鬱積が、今度の脱獄後に限って、異常な影響を彼の仕事振りに及ぼして来た事実だけは、流石《さすが》の虎蔵も自覚していなかった。それはその脱獄当時に、一人の老看守の頭を、彼自身の手でタタキ割った一|刹那《せつな》から
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