く》と恐怖を凝固させたまま……。
 それは虎蔵が生れて初めて見るような美しい、赤い光りであった。それは彼が永いこと飢え、憧憬《あこが》れて来たチャブ屋の赤い光りとは全然違った赤さであった。又、彼が時々刻々に警戒して来た駐在所や、鉄道線路の赤ラムプの色とも違っていた。ネオンサインの赤よりもズット上品に、花火の赤玉よりもズットなごやかな、綺麗なものであった。……といって閨房《けいぼう》の灯《あかり》らしい艶媚《なまめか》しさも、ほのめいていない……夢のように淡い、処女のように人なつかしげな、桃色のマン丸い光明《こうみょう》が、巨大《おおき》な山脈の一端《はな》らしい黒い山影の中腹に、ほのぼのと匂っているのであった……ほほえみかけるように……吸い寄せるように……。
 虎蔵はブルッと一つ身震いをした。口の中でつぶやいた。
 ……まさか……手がまわっている合図じゃあんめえが……ハアテ……。

 虎蔵は一箇月ばかり前に、網走《あばしり》の監獄を破った五人組の一人であった。その中でも、ほかの四人は、それから一週間も経たないうちにバタバタと捕まってしまったので、今では全国の新聞の注意と、北海道の全当局
前へ 次へ
全29ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング