みると、眼と口を真白く見開いて、声のない高笑いを笑いながら、おもむろに仄暗い丸天井を仰ぎ見た。
 それはさながらに鉄の檻《おり》を出た狂人の表情であった。
 彼は何の躊躇もなく悠々と寝台に近寄って、薄い黄絹を引き捲くった。白いレエスに包まれている少女の、透きとおった首筋の向う側に、イキナリ右手のマキリを差し廻わしながら、左手でソロソロと緞子の羽根布団をめくった。同時にモウ一度、彼独特の物凄い笑いを、顔面に痙攣《ひきつ》らせた。
「……エヘ……エヘ……声を立てる間《ま》はねえんだよ。ええかねお嬢さん。温柔《おとな》しく夢を見ているんだよ……ウフウフ……」
 それから返り血を避けるべく、羽根布団を引き上げながら、すこしばかり身を背向けた。……すると……そうした気持ちにふさわしくそこいら中がモウ一度、彼の耳の中でシンカンとなった。

 ……その一刹那であった。
 少女の枕元に当る大きな硝子《ガラス》窓の向うを、何かしら青白いものが、一直線にスウーと横切《よぎ》って行った。
 彼はハッとしてその方向を見た。少女の首筋からマキリを遠ざけながら首を伸ばした。
 ……今まで気が付かなかったが、薄い黄
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