上げそうな気がしたので……。
部屋の中の何もかもが、彼の耳の中でシンカンと静まり返った。
少女の寝息とも……牛乳の香気《におい》とも……萎れた花の吐息《といき》ともつかぬ、なつかしい、甘ったるい匂いが、又もホノボノと黄絹の帷帳の中から迷い出して来た。
……突然……彼はブルブルと身震いをした。
この一箇月の間じゅう、彼の全身に渦巻き、みちみちて来たアラユル戦慄的なものが、その甘ったるい芳香《におい》の中で、一斉に喚《よ》び醒《さ》まされたのであった。その中からモウ一つ更に、極度の惨烈さにまで尖鋭化され、変態化され、猟奇化されて来た或るものが、トテモ抵抗出来そうにない、最後的の威力をもってモリモリと爆発しかけて来たのであった。
……コンナ機会《やま》は二度とねえんだぞ……しかも相手は毛唐《けとう》の娘じゃないか……構う事はねえ……やっつけろ……やっつけろ……。
と絶叫しながら……。
彼は今一度ブルブルと身震いをした。鮮やかな空色と、血紅色と、黒色の稜角《りょうかく》を、花型に織り出した露西亜絨氈の一角に、泥足のままスックリと立ち上った。右手に持ったマキリを赤い光線に透かして
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