絹の帷越《とばりご》しによく見ると、窓の外は一パイの星空であった。今の青白い直線は、その星の中の一つが飛び失せたものに相違なかった。それに連れて……やはり今まで気が付かなかった事であるが、どこか遠く遠くの海岸に打ち寄せるらしい深夜の潮の音が、微《かす》かに微かに硝子窓越しに聞えて来るのであった。それは、おおかた彼自身が、知らず知らずのうちに高い処へ来ていたせいであったろう……。
彼は緊張し切った態度のまま、その音に耳を澄ました。それから、やはりシッカリした身構えのうちに少女の寝顔と、右手のマキリを見比べた。
部屋の中に漾《ただよ》うている桃色の光りを白眼《にら》みまわした。
その光りが淀《よど》ませている薄赤い暗がりの四方八方から、彼に微笑《ほほえ》みかけている、あらゆる愛くるしい瞳《め》と、唇の一つ一つを念入りに眺めまわしているうちに、又もギックリと振り返って、窓の外の暗黒を凝視した。
……その時に又一つ……。
……ハッキリと星が飛んだ……。
……銀色の尾を細長く引いて……。
彼は愕然《がくぜん》となった。魘《おび》えたゴリラのように身構えをし直して、少女の顔を振り返っ
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