とした。頭の毛がザワザワと駈け出しかけて又止んだ。
 丸|卓子《テーブル》の向うの仄《ほの》暗い右側には、黝《くろ》ずんだ古代|雛《びな》……又、左側には近代式の綺羅《きら》びやかな現代式のお姫様が、それぞれに赤い段々を作って飾り付けてある。その中央の特別に大きな、高い窓に近く、こればかりは本式らしい金モールと緋房《ひぶさ》を飾った紫緞子《むらさきどんす》の寝台が置いてあって、女王様のお寝間《ねま》じみた黄絹《きぎぬ》の帷帳《とばり》が、やはり金モールと緋房ずくめの四角い天蓋《てんがい》から、滝の水のように流れ落ちている。その蔭に仄見えている白絹らしい掛布団から、半分ほど握り締めた左手の手首が覗《のぞ》いている。……それが、どうやら七八ツばかりの、生きた女の児《こ》の手首に見えるのであった。
 その無心な可愛らしい手首を見ているうちに虎蔵はやっと吾に帰った。同時に、生汗に冷え切った全身がゾクゾクとして来た。……この部屋の全体が含んでいる不可思議な意味と、この部屋の主人公の正体が、同時にわかって来たような気がしたので……。

 虎蔵は自分でも気付かないうちに身を屈《かが》めていた。床の上
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