な力で把手《ノッブ》を捻じられた扉が、音もなく開くと、思いもかけぬ赤い光りの隙間が、彼の鼻の先に、縦に一直線に出来たのであった。
虎蔵はジリジリと首を縮めた。背中を丸くして膝を曲げた。息を殺して背後《うしろ》を見廻わした。どこからか怪しい物音が近付いて来はしまいかと、耳を澄まし、眼を凝《こ》らしながら身構えていたが、そのうちに薄黒いダンダラを作った花壇の向う側の暗黒を、白々と横切っている混凝土《コンクリート》塀に眼を止めると、彼は思わずニンガリと冷笑して首肯《うなず》いた。ゆるゆると背中を伸ばしながら、眼の前の赤い光りの隙間をかえりみた。
……ハハン……あの高土塀が在ると思って、安心してケツカルんだな……。
そう思い付くと同時に、虎蔵の全血管の中に新しい勇気が蘇って来た。深刻な空腹と、極度に緊張した冷血さが、彼の全身数百の筋肉に疼《うず》きみちみちて来た。それにつれて、
……これこそ俺の最後の大仕事かも知れないぞ……。
という強烈な職業意識が、スキ透るほどギリギリと、彼の奥歯に噛み締められて来た。
恐ろしいものが一つ一つに彼の周囲から消え失せて行った。
彼は生皮革《なまが
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