。その上には、さながらに、それ等の人形たちが遊び戯れた遺跡であるかのように、色々な食器、豆のような玩具、花籠《はなかご》、小さな犬、猫、鼠、猿、小鼠のたぐいが、殆んど数限りなく、行儀のいい円陣や、方陣を作って並んでいる。その間に静止している巨大な甲虫《かぶとむし》、華麗な蝶々、実物大の鳩、雛子《ひよっこ》、木兎《みみずく》……。
 又、その丸|卓子《テーブル》の周囲には、路易《ルイ》王朝好みのお乳母《うば》車、華奢《きゃしゃ》な籐椅子《とういす》、花で飾った揺籠《クレードル》、カンガルー型のロッキングなぞが、メリー・ゴー・ラウンド式に排列されている……そんなもの一つ一つにも、それぞれ様々の微笑を含んだ人形が、ピエロ姿の行列を作ってブラ下がったり、振袖《ふりそで》姿で枕を並べたり、海水着のまま、魚のようにビックリした瞳《め》をして重なり合ったりしている。
 その中央の高い、暗い、円《まる》天井から、淡紅《うすべに》色の絹布《きぬぎれ》に包まれた海月《くらげ》型のシャンデリヤが酸漿《ほおずき》のように吊り下っていたが、その絹地に柔らげられた、まぼろしのような光線が、部屋中の人形を、さながらに生きたお伽話《とぎばなし》のようにホノボノと、神秘めかしく照し出しているのであった。
 虎蔵は、その光りを浴びたまま棒立ちになってしまった。鼻息さえもし得ないまま、そうした不可思議な光景を見まわしていた。
 それは彼が夢にも予期していなかった光景であった。……否《いや》……彼が生れて初めて見る不可解な部屋であった。彼の頭脳《あたま》では到底、理解出来そうにない人形ばかりの小宇宙……この上もなく美しい桃色の微笑の世界……その神秘と、平和にみちみちた永遠の空虚の中に、偶然に……真に偶然に迷い込んでいる彼自身の野獣ソックリの姿……。
 彼は気もちが変テコになって来た。頭がガランドウになって、今にも眼がまわりそうに胸が悪くなって来た。
 彼はヨロヨロと背後《うしろ》によろめいた……が……又も、ひとりでに立止った。そうして彼自身の浅猿《あさま》しい姿を今更のように見まわしながら、何故《なにゆえ》ともわからない、長い長いふるえた溜息をしかけた。同時に、全身にビッショリと生汗《なまあせ》を掻いているのに気が付いたが、そのうちに又、フト気が付いて、見るともなく丸|卓子《テーブル》の向う側を見るとハッとした。頭の毛がザワザワと駈け出しかけて又止んだ。
 丸|卓子《テーブル》の向うの仄《ほの》暗い右側には、黝《くろ》ずんだ古代|雛《びな》……又、左側には近代式の綺羅《きら》びやかな現代式のお姫様が、それぞれに赤い段々を作って飾り付けてある。その中央の特別に大きな、高い窓に近く、こればかりは本式らしい金モールと緋房《ひぶさ》を飾った紫緞子《むらさきどんす》の寝台が置いてあって、女王様のお寝間《ねま》じみた黄絹《きぎぬ》の帷帳《とばり》が、やはり金モールと緋房ずくめの四角い天蓋《てんがい》から、滝の水のように流れ落ちている。その蔭に仄見えている白絹らしい掛布団から、半分ほど握り締めた左手の手首が覗《のぞ》いている。……それが、どうやら七八ツばかりの、生きた女の児《こ》の手首に見えるのであった。
 その無心な可愛らしい手首を見ているうちに虎蔵はやっと吾に帰った。同時に、生汗に冷え切った全身がゾクゾクとして来た。……この部屋の全体が含んでいる不可思議な意味と、この部屋の主人公の正体が、同時にわかって来たような気がしたので……。

 虎蔵は自分でも気付かないうちに身を屈《かが》めていた。床の上の華麗《はなやか》な露西亜《ロシア》絨氈《じゅうたん》の上に腹匍《はらば》いになって、ソロソロとその寝台の脚下《あしもと》に忍び寄って行った。何故《なぜ》ともわからない焦燥を感じながら……。
 ……それはこの部屋の女主人公《ヒロイン》と思われる緞子《どんす》の寝台の主《ぬし》が、果して自分の推量通りに生きた女の児に相違ないか……それとも、やはり、ほかの人形と同様の飾り物に過ぎないかどうかを、是非とも一度たしかめてみたい……というような彼一流の無智な、盲目的な好奇心に、彼自身が囚《とら》われていたせいかも知れない。又は現在、極度に鋭敏になっている彼の嗅覚《きゅうかく》が、その寝台の方向からほのめいて来るチョコレートのような、牛乳のような、甘い甘い芳香《ほうこう》に誘われたせいであったかも知れないが……。
 彼は丸|卓子《テーブル》の蔭を、寝台の一|間《けん》ばかり手前まで匍って来ると、ソ――ッと顔を上げてみた。思ったよりも薄暗い、寝台の中に瞳を凝らした。
 彼は今更のように固唾《かたず》を嚥《の》んだ。
 それは夥しい、美しい黄金色《こがねいろ》の渦巻毛《カール》を、大きな白麻《しろあさ
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