、思いがけない真向うの山蔭に、今まで見た事もない美しい、赤い光りを発見したのであった。何となく神秘的な……不可思議な……たまらなくなつかしいような……。

 虎蔵は面喰らった上にもめんくらった。幾度も幾度も眼を擦《こす》った。何故《なにゆえ》ともなく胸の躍るのを感じながら、左右に白々と横たわっている闇夜の街道を見まわした。自分で自分に云い聞かせるようにつぶやいた。
「……まさか……俺を威《おど》かすつもりじゃあんめえが……ハアテナ……」
 虎蔵はやがて両腕を組んだまま、その光りに吸い寄せられるようにスタスタと歩き出していた。深夜の草山を押し分けて、一直線に赤い光りの方向へ近付いて行くと、そのうちに虎蔵の眼の前の闇の中に、要塞のように仄《ほの》黄色い、西洋館造りの大邸宅が浮かみ現われて来た。
 赤い光りは、その大邸宅の右の端にタッタ一つ建っている、屋根の尖《と》んがった、奇妙な恰好の二階の窓から洩れて来るのであった。そのほかに燈光《あかり》の洩れている部屋は一つもないらしく、さしもの大邸宅が隅から隅まで死んだように寝静まっている事が、間もなく彼の第六感にシミジミと感じられて来た。
 虎蔵はモウ一度、前後左右を見まわした。
「……フフン……コイツは案外、大仕事かも知れんぞ……」
 とつぶやきながら微《ひそ》かに胸を躍らした。本能的に用心深い足取りで、高い混凝土塀《コンクリートべい》を半まわりして、裏手の突角《とっかく》の処まで来た。そうして矢張り本能的に懐中のマキリを鞘《さや》から抜き出して、歯の間にガッチリと啣《くわ》えた。その突角を両手と両膝の間に挟んでジリジリと上の方へ登り初めた。気が遠くなる程の空腹を感じながら……。
 一|丈《じょう》ばかりの高い混凝土塀を越えると、内部《なか》は広い花壇になっているらしい。何だかわからない秋の草花が闇の中に行儀よく列を作って、一パイに露を含んでいる中を、マキリを啣えた囚人姿の虎蔵が、ヒソヒソと匐《は》い進んで行くのであったが、そのうちに闇夜の草花の水っぽい、清新な芳香《におい》が、生娘《きむすめ》の体臭のように、彼の空腹に泓《し》み透って来た。白々とした女の首や、手足や、唇や、腹部の幻像を、真暗な彼の眼の前に、千切れ千切れに渦巻かせながら、全身が粟立《あわだ》って、クラクラと発狂しそうになるまで、彼の盲情をソソリ立てるのであっ
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