足《はだし》のまゝ本堂の周囲を一めぐりするに、本堂の階段の下に微かながら泥の跳ね上りし痕跡《あと》あり。其処より床下へ匐ひ入り行くに積み並べたる炭俵の間に、今まで知らざりし石の階段あり。その階段の下より嗅ぎ慣れし白檀の芳香、ゆるやかに薫じ来る気はひあり。
 われ心に打ちうなづき、薄|湿《じめ》りせる石階のほの暗きを爪探《つまさぐ》りて、やゝ五六段ほど降《くだ》り行きしと思ふ処に扉と思《おぼ》しき板戸あり。その中央に方五寸ほどの玻璃《はり》板を黒き布にて蔽ひたるが嵌《は》め込み在り。いか様、窖《あなぐら》の中の様子を外より覗くたよりと為せる体《てい》なり。彼《か》の馬十が覗きしものにかあらむと心付けば、今更におぞましさ限り無く、身内に汗ばむ心地しつ。われも其の真似をするが如く、息を凝らして覗き見るに、忽然《たちまち》、神気逆上して吾が心も、わが心ならず。一気に扉を押し破りて窖《あなぐら》の中に躍り入り、呀《あ》つと逃げ迷ふ奈美女の白き胴体を、横なぐりに両断し、総身の黥《いれずみ》を躍らせて掴みかゝる馬十の両腕を水も堪まらず左右に斬り落す。続いて足を払はれし馬十は、歯を剥き眼を怒らして床上
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