の給仕する粟飯を湯漬《ゆづけ》にして、したたかに喰ひ終り、さて本堂に入りて持参の蝋燭を奉り、香を焚きて般若心経、観音経を誦《じゆ》する事各一遍。つく/″\本尊の容態《ようだい》を仰ぎ見るに驚く可し。一見尋常一様の観世音菩薩の立像の如くなるも、長崎にて物慣れし吾《わが》眼には紛《まぎ》れもあらず。光背の紋様、絡頸《らくけい》の星章なんど正しく聖母マリアの像なり。さてはと愈々《いよ/\》心して欄間《らんま》の五百羅漢像をかへり見るに、これ亦一つとして仏像に非ず。十二使徒の姿に紛れも無し。かゝる山間の、人の通ふとも見えぬ小径の奥に立て籠もり、禁断の像を祭り居る今の和尚は、よも一筋縄にかゝる曲者《くせもの》にはあらじ。よし/\吾に詮術《せんすべ》あり。吾を敵《かたき》とせば究竟の敵《かたき》とならむ。又味方とするならば無二の味方となるべしと心に深く思ひ定めつ。何喰はぬ面もちにて殊勝気に礼拝し終り、さて和尚に請《しやう》じらるゝまゝに庫裡に帰りて板の間に荒|菰《こも》を敷きつゝ和尚と対座し辞儀を交して煎茶を啜《すす》るに、和尚座を寛《くつろ》げ、われにも膝を崩させて如何にも打解けたる体にもてなし
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