「いい刀身《かたな》だよ。磨《とぎ》は悪いがシャンとしている。中心《なかご》は磨上《すりあげ》らしいが、しかし鑑定には骨が折れるぞコイツは……」
「ヘヘヘ、……そう仰言ればもう当ったようなもんで……」
「黙ってろ……余計な文句を云うな。ふうむ。小丸気味の地蔵帽子で、五《ぐ》の目《め》の匂足《におい》が深くって……打掛疵《うちかけきず》が二つ在るのは珍らしい。よほど人を斬った刀だな。先ず新藤五《しんとうご》の上作と行くかな……どうだい」
「……ヘイ。結構でげすが、新藤五は皆様の御鑑定の行止まりなんで……ヘエ」
「零点《イヤ》なのかい……ウーム。驚いたよ。お前は知っているのかい作者《うちて》を……」
「ヘエ。存じております。この刀身《かたな》だけの本阿弥《いえもと》なんで……ヘエ」
「ムウム。弱ったよ。関でもなしと……一つ直江志津《なおえしづ》と行くかナ」
「ヘエッ。恐れ入りました。二本目当り八十点……この福岡では旦那様お一人で……」
「おだてるなよ。しかし直江志津というと折紙でも附いているのかい本阿弥《ほんあみ》さん」
「ヘヘ。……それがその……折紙と申しますのはこのお書付《かきつけ》なんで……ヘエ」
 貫七爺は懐中から新聞紙に包んだ分厚い罫紙の帳面を取出した。生|漉《ずき》の鳥の子で四五帖分はある。大分古いものらしい。
「どこに在ったんだい。そんなものが」
「ヘエ。やはり今申しました区長さんの処に御座いましたんで……何でもその区長さんと申しますのが太閤様時代からその村の名主さんだったそうで……」
「成る程。その人が地所と一所《いっしょ》にこの刀を売りに出したんだな」
「ヘエ。当主があんまり正直過ぎて無尽《むじん》詐欺に引っかかったんだそうで……」
「それじゃこの帳面は刀身《かたな》と一所に貰っといていいんだナ」
「ヘエ。どうぞ。まあ内容《なか》を御覧なすって……私どもにはトテも読めない、お家様で御座います」
「ふうむ。待て待て……」
 私は書見用の眼鏡をかけて汚染《しみ》だらけの白紙の表紙を一枚めくってみた。(註曰。以下掲ぐる文章は殆んど原文のままである。読み難《にく》い仮名を本字に、本字を仮名に、天爾遠波《てにをは》の落ちたのを直し補った程度のものに過ぎない)

    片面鬼三郎《かたつらおにさぶらう》自伝

 われ生まれて神仏を信ぜず。あまたの人を斬りて罪
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