芸術になってしまった。そうした遺跡が現在の能の中に重なり合い、閃めき合いつつ残っている。真剣な玄人は知、不知の中にそうした進化の跡を辿り味わいつつ自分の芸を向上させつつある。一心に能を渇仰《かつごう》し、欣求《ごんぐ》しつつある。……技巧から魂へ……魂から霊へ……霊から一如へ……。
だから目下の能は、芝居なぞに比較すると、その表現が遥かに単純率直である。元始のままの処が残っている。元始の状態へ逆戻りしつつある処さえあるらしい。しかしその表現の内容、陰影、余韻などいう芸術的の要素は新作新作と大衆に迎合して行く他の芸術と比較されぬくらい深く、鋭く、貴く、美しく純化され、一如化されて来ている。
一方にその舞、謡、囃子は、手法が簡単であるために、あまり天分のない素人にまでも習われ易くなっている。そうしてこれを習ってみると、初め異様に、不可解に感ぜられていた舞の手、謡の節、囃子の一クサリの中から、理屈なしに或る気持ちのいい芸術的の感銘を受けられる。そこに含まれている古人の芸術的良心……すなわちそんな単純さにまで洗練された人間性の純真純美さが天分に応じ、練習に応じて、次第次第に深く感得されるよ
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