ず……と……。

     曲の進化

 最初に能の曲目が千番か二千番存在していたとすると、能役者の表現慾は、その中でもいいものを今一度|演《や》って見たいと要求する。一方に観客の観賞慾も亦同様に、あれを今一度見たいと願う。双方|相俟《あいま》って、ここに真剣な芸術の研成機運が生まれる。即ち玄人《くろうと》と素人、芸術と批評、実際と理想……と、そうした裏と表の両面から篩《ふるい》にかけて選み出されたものはキット内容の充実した……舞台表現として成功した曲にきまっている。
 そこでこれを幾度も幾度も繰返し繰返し演出してみると、まだ足りない処や余計な処があるのが発見される。全体から見てはいいけれども焦点がハッキリしない……重点の置き処がズレている。……出来過ぎた処がある……ダレた処がある……ああでもない、こうでもいけない……と演出される度毎《たびごと》に洗練され、煎じ詰められて来る。
 こうして洗練されて来るうちに、洗練し甲斐のない事が判明して来た曲目は一つ一つに棄てられて行く。すなわちどこか喰い足りないために見物が見たがらないし、役者の方も張り合いがないというわけで、次第に演ずる度合いが些
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