。その下に帳簿方と場況見《ばきょうみ》と二人の店員の机が差し向いになっていた。
しかし、そんなものの中《うち》で立派だな……と思ったものは一つもなかった。すべてが現在の通りにドス黒くて、ホコリだらけで、汚ならしかった。ただ入口の正面の壁に並んだ店員の帽子と羽織の間から覗いている一枚の美人画だけが新しくて綺麗に見えているだけであった。その美人画は大東汽船会社のポスターで、十七八の島田|髷《まげ》の少女がこっち向きに丸|卓子《テーブル》に凭《も》たれているところであったが、その肌の色や肉付きは云うまでもなく、髪毛《かみのけ》の一すじ一すじから、花簪《はなかんざし》ビラビラや、華やかな振袖の模様や、丸|卓子《テーブル》の光沢に反映《うつ》っている石竹《せきちく》色の指の爪まで、本物かと思われるくらい浮き浮きと描かれていた。瓜ざね顔の上品な生え際と可愛らしい腮《あご》。ポーッとした眉。涼しい眼。白い高い鼻。そうして今にも……あたしは、あなたが大好きよ……と云い出しそうに微笑を含んだ口元までも、イキナリ吸い付きたいくらい美しかった。
私はそれまでに、こんなポスターを何枚見たか知れなかったのだ
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