眼を醒ますと間もなく、何ともいえない上品な香水の匂いが、悩ましい女の体臭と一緒にムーッと迫って来たので、一寸《ちょっと》の間《ま》狐に抓《つま》まれたような気持ちになった。そうしてよく眼をこすって見ると、私の枕元の暗い電燈の下に、青い天鵞絨《ビロード》のコートと、黒狐の襟巻に包まれた彼女が、化粧を凝《こ》らした顔と、雪白のマンショーを浮き出さして、チンマリと坐っているのであった。
「オホホホホホホホ」
「……………」
× × ×
彼女は私を一気に、空想の世界から現実の世界へ引っぱり出してしまった。私は、それから後《のち》、殆んど毎日のように電話をかけて来る彼女の命令のまにまに、店を仕舞《しま》うとすぐに身じまいをして、隣家《となり》の裏口から抜け出して、そこいらで待ち合わせている彼女と肩を並べながら夜の街々を散歩するようになった。生れて初めての背広服を派手な格子縞で作らせられたのはその時であった。カンガルーとエナメルの高価《たか》い靴を買わされたのも同時であった。帽子もゴルフ用の鳥打ちや、ビバや、お釜帽《かまぼう》を次から次に冠ら
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