せられた。それにつれて本箱の抽斗《ひきだ》しに突込んだままになっていた皺苦茶の紙幣や銀貨の棒がズンズンと減って行った。
私と彼女とが同じ家に這入る事は殆んど稀であった。彼女は、F市内の到る処に在る密会の場所を知っているかのように、いつも意外千万な処へ私を引っぱり込むことが次第に私を驚かし初めた。牡蠣《かき》船だの、支那料理屋の二階だの、海岸の空《あき》別荘だの、煙草屋の裏座敷だの……その中《うち》でも特に舌を捲いたのは、まだ明るいうちに或る大きな私立病院の玄関から、見舞人のような態度で上り込んで、奥の方に空《あ》いていた特等病室の藁蒲団の上に落ち付いた時であった。その時に彼女は今までにない高い情熱に駆られたらしく、蝋《ろう》のように青褪めた中から潤んだ眼を一パイに見開きつつ、白い歯を誇らし気に光らして見せたのであったが、そうした彼女の嬌態《きょうたい》を、ポケットに両手を突込んだまま見下しているうちに、私はフト、形容の出来ないヒイヤリとした気持ちになった。
[#ここから1字下げ]
……この女は、こうした思い切った遊戯の刺戟によって、自分自身の美をあらゆる深刻な色彩に燃え立たせ得る術
前へ
次へ
全70ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング