スッカリその文句を暗記してしまった。そうして子供心に、そんな悪魔みたいな人間が本当にこの世に居るものか知らん。もし居るものならば親父の云う通りにブチ殺したって構わないだろう。人間の頭を鉄鎚で殴ると眼が飛び出すって聞いていたが本当か知らん。本当だったら面白いナ。その時にはどんな気持ちがするだろう……なぞと、いろんな事を聯想しいしい、温柔《おとな》しくうなずいて聞いていた。その叔父がどんな顔をしているか、早く会って見たいような気持ちもした。
ところがその悪魔の叔父は、親父が死ぬと間もなくどこからかヒョッコリと現われて、私の眼の前に突立ったのであった。
何でも親父は、私が活版所に出かけた留守のうちに、台所の窓から帯を垂らして首を引っかけたまま死んでいたのだそうで、寝床の煎餅蒲団の下には、
「何事も天命です。誰も怨む者はありません。ただ年端《としは》の行かぬ倅《せがれ》にこの上の苦労をかけるのが辛《つ》らさに死にます。どうぞよろしくお頼み申します」
といったような開き封の遺書《かきおき》が、叔父宛にした密封の書類と一緒に置いてあった。その遺書《かきおき》は、巡査が私に見せてくれたが、昔風
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