が、俺の名前が時々新聞に出るようになったもんだから、もしやと思って、昨日わざわざ長崎から尋ねて来たんだ……いいか……これが昨日話した愛太郎だ。お前たちは、ほかに肉親《しんみ》の者が居ないからホントウの兄妹《きょうだい》みたようなもんだ。ハハハハハハ」
 二人は叔父の笑い声の前で椅子から立ち上って「どうぞよろしく」と挨拶を交した。私は内心気味わるわると……彼女は上品に、つつましく……。
 叔父はそれから如何にも得意そうに、脂肪でピカピカ光る顔を撫でまわしながら、伊奈子の母親に関するローマンスを話し始めた。それは……
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 ……伊奈子が七歳の時であった。K市の富豪友丸家の第二夫人で、まだ若くて美しかった彼女の母親は、伊奈子も誰も知らない正体不明の情夫から夫を毒殺された後《のち》に、自分自身もその男から受けた梅毒に脳を犯されて発狂してしまった。そうして色々な事を口走り始めたので、その罪の発覚を恐れたらしい情夫は、或る真暗い晩に病室に忍び込んで、枕元の西洋手拭で絞殺すると同時に、一緒に寝ていた伊奈子を誘拐して行った事がその頃の新聞に出ていた。あとの財産はどうなったか解らない
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