ていた。私の電話に対する敏感さをスッカリ面喰らわされてしまったまま……。
 ……千万長者の叔父を呼び棄てにする若い女が一人居る……その女は私の名前を知っている……否、もっともっと詳しく私について知っているらしい口ぶりである。……そうして何がなしに一寸《ちょっと》冷やかして見ようぐらいの考えで、私を電話口に呼び出してみたものらしい……。
 という感じだけが、私の脳髄の中心にキリキリと渦巻き残ったまま……。
 私は小説の続きも何も忘れて、表の窓や扉《と》をヤケに手荒く締めると、暗い階子《はしご》段を二階に上って、蠅の糞《ふん》で真白になった電球の下に仰向けに寝ころんだ。
「ホホホホホホホホ」
 という……冷笑とも、皮肉とも、媚《こ》びともつかぬ透きとおった笑い声を、いつまでもいつまでも耳の中で聞き味いつつ、室《へや》中が真白になるまでネーヴィカットの煙《けむ》を吹き出していた。

 その翌る朝、いつもより早く起きた私は、まだ開店まで一時間以上もあると思い思い、寝巻のまま叔父の椅子に腰をかけて、投げ込まれた新聞を読んでいると、思いがけなく店の前に大きな自動車が停まって、白いダブダブの詰襟を着
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