キまでも聞えることがあった。勿論それは複雑を極めた雑音の奥の奥から伝わる波動で、音響とは感じられない程度の感じであったが、そんな物音と、青木の店員が一息に吹き込む場況とを重ね合わせて聞きながら、上り下りの数字を鉛筆で書き止めて行くと、その瞬間瞬間に、そんな米や株の景気に対するいろんな予感が理窟なしにピンピンと私の頭に感じて来た。この株は上るな……と思うと持っている鉛筆に力が籠もった。下るな……と感ずると字の力が抜ける位にまで敏感になって来た。その予感を後《あと》から配達して来る夕刊の相場面と照し合わせて見ると一々的中しているので、面白くてしようがなかった。的中していないのはF市の新聞社の誤植である事を翌る日の正午に来る大阪の新聞で発見した事も珍らしくない。
けれども私はこうした予感を叔父に知らせた事はなかった。知らせても滅多に信じない事はわかり切っていたし、第一面倒臭くもあったので、ただ数字の控えだけを恭《うやうや》しく手渡しすると、叔父は一眼でツラリと見渡して私に返した。それを私は、電話の横にかかったボールドにチョークで書き直すのであったが、それを見ながら叔父は腹の中でいろんな奸策
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