の頬や、唇や、鼻の頭、睫《まつげ》なぞの、電流に対する微妙な感じによって、雨や風を半日ぐらい前に予知する事も珍らしくなかった。
 その中《うち》でも面白かったのは相場の上り下りの予感が電話で来る事であった。
 大阪の株式や米の相場なぞは、毎日青木という店から予約電話を通じて、前後数回に分けて知らせて来るので、その時分にそんな贅沢な真似をしているのは一軒隣りの「山長《やまちょう》」という大商店と叔父の処だけであった。叔父はそれが又、大得意で、来るお客|毎《ごと》に吹聴しては店の信用を裏書きする材料にしていたが、何しろ距離が遠いのと雑音が烈しいのとで、並大抵の耳では相手の読む数字が聴き取れないのを、私の鼓膜は雑作《ぞうさ》なしにハッキリと受け入れた。のみならず私の聴神経はもっと遠い処から来るほかの音響までも、同時に聴こうとしているのであった。
 大阪の青木という店は取引所のすぐ近くにあるらしく、表の窓や扉《と》が密閉されていない限り、店の中の物音と往来の噪音とが、相場の読み声と一緒に送話機から這入って来た。各地の天候が好晴で、電話線がスッキリとした日には、立ち合いの物音や呼び声らしいドヨメ
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