は「悪」の字を取扱った小説や講談で、悪党とか、悪魔とか名付けられる人物や、そんな思想を取り入れた読みものは何故だかわからないまま奇妙に惹き付けられて読まされた。皮肉と冷笑とで、あらゆるものを堕落させて行くメフィストフェレスや、人間の尊とい血と涙を片っ端から溝泥《どぶどろ》の中に踏み込んで、見返りもせずに濶歩して行くドリアングレーなぞいう代表的な連中は、もう親友以上に心安くなって、スッカリ悪魔通になってしまったので、そんな連中に比べると、ケチな椋鳥《むくどり》を引っかけて身上《しんじょう》をハタカせるのを唯一の楽しみにしている叔父なぞは、オッチョコチョイの木《こ》っ葉《ぱ》悪魔ぐらいにしか見えなくなって来た。
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……この世には、もっとスバラシイ、偉大な悪魔が実在していないものか知らん……あの叔父のスベスベした脳天へ、鍛冶《かじ》屋の鉄鎚《ハンマー》を天降《あまくだ》らせるか何かしたら、私は差し詰め悪魔以上の人間になれる訳だけど、しかし、一方から見ると、それは立派な親孝行にもなるのだから何にもならない。……第一私にはそんな悪魔になり得るだけの力と度胸がないから駄目だ
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