。……ああ悪魔になりたい。そうしたらドンナにか面白いだろうにナア……。
[#ここで字下げ終わり]
 なぞと飛んでもない事を考えたりした。そうかと思うと、あの大東汽船の美人画のポスターを、自分でも知らない間《ま》に二階に持って来て暗い壁に貼り付けておいたものを、窓越しに向い合っているような気持ちで飽かず飽かず眺めたり、それを女主人公にして様々の甘ったるいローマンスを描いたり、又は、読んだ小説の中の可憐な少女に当てはめて、同情したりして楽しんだ。
 時たま活動を見に行く事もあったが、その時は、隣家《となり》の店に居る泊り込みの小使い爺さんに留守を頼んで、表から南京錠をかけて行った。
 叔父は着物と弁当以外に、毎月十円|宛《ずつ》くれた。

 私の得意は簿記よりも電話であった。
 叔父に電話をかけて来るお客の声を、モシモシのモの字一字で聞き分けたり、受話機の外し工合で男か女かを察したり、両方から一時に混線して来た用向きを別々に聞き分けて飲み込んだりする位の事はお茶の子サイサイであった。世間の人間はみんな嘘を吐《つ》く中《うち》に、電話だけは決して嘘を伝えない。自分の持っている電気の作用をどこ
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