十分ばかり前に来たお客にむりやり[#「むりやり」に傍点]に売らせた品物を、その次に来たお客に押し付けて買わせているような事がショッチュウであった。そのお客というのは、叔父が毎晩行く飯屋だの、宿屋だの、又は停車場の待合室や、旅行中の汽車で知り合いになった連中で大部分で、その中《うち》でも一番よけいに来るのは、叔父の上花客《じょうとくい》になっている田舎の田地持ちである事が、言葉の端々《はしはし》でよくわかった。中には叔父と花を引いて負けた金《かね》の埋合わせをしに来る馬鹿者も、チョイチョイ交っているようであったが、そんなのに対しては、特別に景気のいい話と高笑いを浴びせかけて、取っときの智慧を授けているかのように装った。しかし、そんな連中が居なくなったあとの叔父は、今まで放送し続けていた陽気な笑い声をピッタリ止めて、打ってかわった無口な、日陰の石塔を見るような冷たい人間になってしまうので、一層悪魔らしい感じがした。それにつれて二人の店員も、私も同じように無言のまま、その眼色を見て仕事をしなければならなかったので、お客の居ない間の店の中はまるで秘密の倶楽部《くらぶ》か何ぞのように、陰気な静け
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