」
「……エッ……どうして?……」
「浜村銀行の頭取と支配人が昨夜大阪で拘引されたんだ。福岡の支店も支払停止にきまっている。叔父は破産しているんだよ。残っているのは待合の借りばかりだ」
「……………」
「みんなお前さんの自業自得さ。お気の毒様みたいなもんさ。……どこへでも行くがいい……」
「……ホント……」
「本当さ……今、大阪から電話が掛かって来たから知らせようと思ったところへ、お前さんが電話をかけたんだ。だから僕はすぐに電話口へ出たろう……ちょうどよかったんだ」
「……………」
「……ジャ左様《さよう》なら……御機嫌よう……」
「待って頂戴……」
「……何だ……」
「……チョッと待ってネ。後生だから……あたし……」
「どうしたんだい」
「……………」
彼女が受話機を箱の上に置く音がした。そのあとから自動車らしい警笛がホンノリと通過すると間もなく、彼女が咳払いする音が聞えて来た。
「……モシモシ……モシモシ……時間ですよ……」
「……つないで……ちょうだい」
お金を入れる音がコチーンとした。
「オイオイ……どうしたんだ?」
「……あたし……今ね……叔父さんに上げたお薬の残りをアブサントに溶《と》いといたのを……みんな飲んでしまったの」
「馬鹿……」
「……妾……今から帰って、お医者様にスッカリ白状するわ。みんな妾が一人でした事だって……ですから貴方《あなた》は……あなたは早く逃げて頂戴……同罪になるといけないから……店の金庫の合牒《あいちょう》はイナコよ……サヨウ……ナラ」
彼女が受話機を取り落す音がした。そのあとからゴトーンと人間の身体が倒おれるような音が響いた。
「……馬鹿め……勝手にしろ……」
と云い放って私は受話機をかけた。
「……チイ……芝居だ。畜生め……このまま俺が逃げ出したら、立派な犯人が出来上るって寸法だろう……ハハンだ……電話の神様を知らねえか……」
こう思いながら二階に上って、昨夜の吸いさしの葉巻に火を点《つ》けたまま、暖かい蒲団にもぐり込むと、エタイの知れない薄笑いが自然《おのず》と唇にニジミ出した。
ウッカリするとそのうちに叔父が店にやって来るかも知れないと思い思い、グッスリと睡ってしまった。
× × ×
警察でも検事局でも私は一切知らない知らないで頑張り通した。血を吐いた
前へ
次へ
全35ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング