寝ていた私を大きな声で「愛太郎愛太郎」と呼び起しながら、壊れかかった表の扉《と》をたたいたのであった。

 叔父はその時が四十二三位であったろうか。眼の小さい、赤ら顔のデップリとした小男で、額の上に禿《は》げ残った毛を真中からテイネイに二つに分けて、詰襟《つめえり》の白い洋服を着ていたが、トテモ人のいい親切らしい風付《ふうつ》きで、悪魔らしいところはミジンも見えなかったのでガッカリしてしまった。……あのまん丸く光る頭を鉄鎚で殴ってもいいのか知らん……と思うと可笑《おか》しくなった位であった。
「オオオオ。愛太郎か。大きくなったナ。十三だというんか。ウンウン。親類の人はまだ誰も来ないかナ。ウンそうか。俺はお前の父さんに誤解されたっ切りで、死に別れたのが残念で残念で……」
 と云い云い私の頭を撫でて、白い半布《ハンケチ》で涙か汗かを拭いているらしかったが、親父が遺書《かきおき》と一緒に置いていた叔父宛の密封書を見せると、中味を無造作に引き出して、証文みたようなものを一枚一枚|叮嚀《ていねい》に検《あらた》めて行くうちに、何ともいえず憎々しい冷笑を浮かめながら、みんな一緒にまとめて内ポケットに押し込んだようであった。そうして自分で葬儀屋を呼んで来たり、アルコールと綿を買って来て親父の身体《からだ》を綺麗に拭き上げたりして、野辺送りを簡単に済ますと、親類や近所の人達に挨拶をして私を自分の店に引き取った。叔父はその挨拶の中《うち》で、
「死んだ兄貴に対する、せめてもの恩報じです……」
 というような事を何度も何度も繰り返していたが、母親の事は一言も云わなかったようである。もっとも私の居る前で二三人、そんな事を詰問した人もあったが、叔父は馬鹿馬鹿しそうに高笑いしながら、
「そんな事は私が兄貴に追い出された後《あと》の出来事で、どんな事情があったのか知りもしませんし、何の関係もない事です。とにかくこのような場合ですからそのような御質問は後にして下さい。この児《こ》の教育のためにもなりませんから……」
 とキッパリ云い切ったことを記憶《おぼ》えている。あとで考えると叔父は私の母を連れ出して散々オモチャにした揚句《あげく》に、どこかへ売り飛ばすか、又は、人知れず殺すかどうかしたらしい……と思える節《ふし》がないでもないが、しかしその時の私は顔も知らない母親の事なぞはテンデ問題にしてい
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