的な性格をスッカリなくして、初恋と同様の純真さをもって私に打ち込んで来ない限り、私の計画は絶対に、実行不可能と云ってよかった。
 こうして伊奈子を血塗《ちまみ》れにして、七転八倒させつつ冷笑していようという私の計画は、私の頭の中でいくつもいくつもシャボン玉のように完成しては、片っ端から、何の他愛もなく瓦解幻滅して行った。そうしてそのたんびに、
「ホホホホホホホホホホホホ」
 と笑う伊奈子の声を幻覚するのであった。

 十一月に入ると間もなく、私は今までにない寒さを感じ始めたので、高価《たか》い工賃を払って昼間線《ちゅうかんせん》を取って、上等の電気|炬燵《ごたつ》を一個、敷き放しの寝床の中に入れた。そうしてその日は仕事の始末をソコソコにして潜り込んでみるとその暖かくて気持ちのいい事、身体《からだ》中の血のめぐりがズンズンとよくなるのがわかる位で、私はツイ何もかも忘れてウトウト眠り初めたのであったが、間もなく階下でけたたましく電話のベルが鳴り出したようなので、私は又渋々起き上った。眠い眼をこすりこすり狭い階段をよろめき降りて電話にかかった、
「オーイオーイオーイ……モシモシイ……モシモシイ……わかったよわかったよ。オーイオーイオーイオーイ……」
 といくら呼んでも頑強にベルを鳴らしていたが、やがてピタリと震動が止むと、
「オホホホホホホホホ」
 という笑い声が、真っ先きに聞えた。
「……あなた愛太郎さん。御無沙汰しました。……叔父さんもう帰って?……」
「エエ……一時間ばかり前に……」
「あなた声が違うようね。お風邪でも召したの……」
「……寝ていたんです……」
「まあ……お昼寝……この寒いのに……」
「……エエ……まあそうです……」
「あたしあなたにお話したい事があるのよ……今から伺ってもいい?……」
「エエ……よござんす……キタナイ処ですよ」
「ええ。知ってますわ。誰も居ないでしょう?」
「ええ……僕一人です。しかし……何の用ですか……」
「オホホホホホホホホホ」
 私は表の扉《と》の閂《かんぬき》を外すと又二階に上って、あたたかい夜具にもぐり込んだ。しかし、不思議とこの時に限って、彼女に対する何等の期待も計画も浮ばなかった。ただ、頭の底にコビリ付いている残りの睡たさを貪りながら、いつの間にかグッスリと眠っているらしかったが、そのうちに小さな咳払いを耳にしてフッと
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